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いろは。

手帳・文具中心の雑記系ウェブログ。

手帳の限界

 11月も中盤を過ぎ年末が近づくにつれ、経団連発表の冬賞与平均額を目にする度に、アウシュビッツな我が職場に、燃え盛るの鉄槌をお見舞いしたくなります。

 律儀に毎日早起きして通ってやっているのだから、たまには会社の方がうちへ来てもよいのに。容赦なく、まったくそんな素振りも見せません。ほんと許し難い。

 

 冬の賞与ということで師走も近づいてきているのですが、もう師匠どころか老若男女入り乱れて大混戦のチキンレースみたいになっていまして、混迷を極めたままクリスマスとかに突入していきます。

 

 クリスマスといえば、一大商戦となっていてカップル産業、レジャー産業、お菓子産業などが鬼神と化して現金獲得に乗り出します。正義のヒーローはクリスマスに照準を定めて、数か月まえから念入りに新ウェポンを駆使しして威力を見せ付けます。そして、クリスマス準備期間にお披露目とともに盛大に発売するのです。たぶん。

 

 僕個人としてはクリスマスにはさほど思い入れもないのだけれど、修学旅行で中国にいった後輩から、なんか素敵なメロディが流れる毛沢東(マォ・ツォトン)の肖像画をあしらったライターをもらったことがあります。クリスマスケーキのキャンドルというか仏壇に刺さっても違和感のないろうそくに、素敵なメロディと共に火をともす。でも部屋には僕ひとり。

 これがほんとの孤独であり、孤高なのだけど村上春樹さんの描く孤独なんて甘ったるいと思うのです。けど、それはどうでもいい。

 

 社会人の年末といえば、ボーナスで会社から少しでも搾取したいところですが、もうひとつお金をむしり取る機会があります。それが年末調整です。

 

 毎月毎月、律儀に給与から天引きされていく税金がありますね。あれって結構などんぶり勘定のくせに、源泉徴収、いわゆる天引きされていくわけです。天から引かれる。誰も抗えないんですよ、人事課とか会計課でもないかぎり。まるでアダム・スミスの「神の手ーwww」とでもいわんばかりに、お金をもっていきます。

 

 その差額をプラスかマイナスか、どちらかに補てんするのが年末調整です。けれどこの申告がまた一大事。なにせ1年に1回、老人をだますためにこの世に生を受けたような細かい字と欄が並んだ申告書が配布されます。書き方が分からない年末調整難民が続出なのです。

 

 そして1000人を超える人数を4人ほどで受け付けているので、もう魂は体から自由を求めて大脱走ですよ。世間では即身仏とか解脱とかいろんな言い方をします。

 普段、システム手帳原理主義を掲げ、ISISのごとく他の手帳に比べての優位性を布教しているのですが、その限界が見えました。

 いかなる手帳も、いかなる運用も、圧倒的な物量の前には無力なのです。例えば、多少けんかの腕に覚えがあろうが複数人に囲まれれば袋だたきコース直行となります。

 

 手帳も同じでこまごました運用管理をしてタスクをさばいていても、それはお遊戯レベル。印鑑も持たず、開いてもいない控除額証明のはがき、封筒に鎮座されておられる白紙の申告用紙を装備した人々の前では、無力なのです。ときおり自動車保険には入ってますとか、そんなもの持ってこられてもこまる。ぜひ税務署に突入してほしい。

 

 ここ最近、年末調整の受付という名の、申告記入指導によって昼食もままならぬ状態で、手帳の限界を見た気がしました。もはや受付時間とか関係なしに、カップヌードル食べてるところに彼らは「申告してやりに来たけど?」みたいな上からまりこな感じでやってきますからね。桃太郎の鬼より理不尽だわ。トランプかおっぱいトランプか知りませんが、次期米大統領の前にこちらの方がまっさきに懸念されるべき問題です。もはや私はおっぱいを憎んでさえいる。

 

 すこしばかりシステム手帳の運用の腕に覚えはありましたが、問答無用!わたしたちはプリキュア!みたいな勢いで押し寄せてくると、トイレに立つ暇もない。すきま時間の徹底活用!とか言いながら、トイレでお腹をくだす時間も作れない。幸せになれる手帳なら、こんな忙しい時期の最中でも、業務中に賢者タイムとかを生み出せるんだろうか。

 

 手帳の限界をみたけれど、この無理と可能の境界線を見極めることは大事だと思う。この線を持たなければ、脳内ハッピーセットなセミナーやわけのわからぬ講師さまにひっかかってしまうこともあるかもしれない。限界を見極めてこそ、はじめて徹底活用が可能になる。僕はそう思います。

 

 少し短めになったけれども、私信に代えて。