いろは。

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一期一会によせて

この言葉は、「二度と繰り返されることのない出会いだから、それを心得て互いに誠意を尽くす」という心構えを説く。しかし。えてしてそんな心構えを持つ暇を与えずに、一期一会な出会いはやってくる。

朝。霧雨のなか、駅へ急ぐ。一日の始まりは駅ナカ、改札横にあるドトールコーヒーから始まる。モーニングのホットサンドセットを付けることもあるが、決まってアイスコーヒーを注文する。

鞄からノートを取り出し、一日と月間の予定をざっと確認し、今日しなければならないことに優先度のナンバーを振り分ける。

それが終われば、あとはその日にやりたいことなど、見た夢の内容などを書き付ける。新幹線の時間が近づくと、コーヒーを一気に飲み下して改札へ向かう。

この朝のルーチン、時間にしてわずか20分足らずだが、これがなければ一日の流れは潤滑油を失った歯車のように噛み合いと流れが悪くなる。新幹線に乗ると、そのまま文庫本なり取り出して読み耽るうちに職場の最寄り駅へと到着する。

しかし、そうでない日もある。乗車とともにトイレへ駆け込む日のことだ。周りの視線から遮断された個室内では下半身を露わにして用を足したり、スマートフォンを眺めたり、ワックスで寝癖を直していたりする。

一昨日、私は個室内で例のごとく躍動感を隠しきれない寝癖にワックスで応戦していた。 普段からのマルチタスクぶりを遺憾なく発揮し、下半身で体調を整えながら寝癖を追い回し、かつ頭の中ではお花畑であった。

ご機嫌極まりない一人の空間。間違いなく、その時の私はわずか一畳程度のスペースではあるものの、その空間を支配する王だった。水も思いのまま、鏡が映し出す世界までも掌中に収めんとして、非常にノリノリだったのである。

そんな私の世界に闖入者が現れたのは、晴天の霹靂だった。我が世界の果てたるドアを押し開き、見知らぬおっさんの視線が私の世界を切り裂いた。私からすれば、自分を含めおっさんが2倍に増えた。 これはただならぬ状態である。私だけの世界、縄張りと自らの下半身の誇りを守らんと立ち上がろうとしたが、速やかに相手方のおっさんがドアを閉めた。私の勝利は誰が見ても明らかだった。

それにしても。確かに鍵はかけたはず。中にいるのが高貴の権化である私であったからことなきを得たものの、もし中で不埒な男女がことに及んでいたら、それこそことである。むしろ事案である。 私たちは、処理されたモザイクを見ることはできても、とっさに視界に飛び込んでくる下半身にモザイクをかけることはできない。トイレにはよく注意して入るべきだ。

そして今日の帰り道。先日と同じ轍は踏むまいと心に決めて、乗車後、速やかに自分の国に立てこもった。今日は私の世界を隅々と眺め、これから戦いに赴く自分の胃腸的な体調を整えて思索に耽っていた。

今日、突如コンニチワしてきたのは町内会の行事に全て参加してそうな顔のおっさんだった。気まずそうに私を見る。私は私で、清楚な美少女と出会う方法を考えていただけに、よもやおっさんとミーツすることになるとは思ってもおらず、「目の前のおっさんは、おっさんの皮を被った美少女かもしれない」と哲学的なことを考えた。

視線と視線があったら恋に落ちるというが、なにゆえにおっさんとラブストーリーを展開せねばならないのか。 そもそも現実は、ラブと順序を飛び越えた肉欲ストーリーである。「出会って4秒で合体 」など生温い。「出会った瞬間に下半身全裸」である。

そもそも浸入してきた側からすれば、中にいた下半身を露わにしたおっさんとの出会いは一期一会であろう。なかには私をトイレの妖精とかティンカーベル的なものと勘違いした人もいるかもしれない。

しかし、鍵を閉めたつもりなのに否応なく、ただならぬ下半身の解放感と扉の開放感に浸ることを余儀なくされている私からすれば、複数人の前に下半身を晒した露出狂である。一期一会どころの話ではない。下半身百会。おっさん、紳士分け隔てなく、不意に大胆な下半身露出を余儀なくされてきた百戦錬磨の様相である。

しかも、扉が開けば一歩外はソーシャルな社会。まるで動物園に「下半身」とかいう名前で展示されているような状態になるのである。

何かがおかしい。私は、帰りの新幹線で、フォーマルな格好のまま便器に座り、鍵を眺めていた。するとどうだろう。新幹線の振動でら鍵が勝手に開くではないか。思わず動画に撮ろうとしたが、おっさんinトイレという修羅のごとき状況で、何の得にもならないカメラを回す気にならなかった。

諸君!新幹線の中に安寧の空間はもはやない。ゆめゆめ気をつけ、下半身を晒すべからず。 そして、自分にとって一期一会であっても、相手からすれば一期一会でもなんでもないこともまたあるということを覚えておくべきだろう。 茶道のような誠意で向き合い、もてなすのならともかく。用を足して放心している姿格好に、誠意もなにもないのだから。