いろは。

手帳・文具中心の雑記系ウェブログ。

手帳と「引き寄せの法則」

私たちの「思考」や「感情」には、つねに引き寄せの法則が働いてる。その法則は磁石の役割を果たして似たようなものを引き寄せ、それらが経験となって現れる。このような見えない世界の法則を知る人は、ごくわずかに限られる。

この法則によれば、自分の思考や感情をコントロールすることで任意のものを引き寄せ、さらにそれが呼び水となり、より充実した人生を送れるようになる。 そして、その思考や感情をコントロールするのに手帳やノートが最適で。だから手帳やノートの使い方によっては、思考や感情をコントロールして、好きなものを引き寄せて幸せな人生をマネジメントすることができる。

朝、いい気分で目覚めるとその日一日は楽しく、嫌な気分でいるとその日はいろいろな面でろくなことがない。

要は心の捉え方の問題で、いい気分で目覚めたら多少嫌なことがあっても前向きに捉えて消化できる。逆ならば、何事も自分に対して否定的に捉えて引きずってしまうという、ごく当たり前のことではないだろうか。わかりやすく言うならば、朝の目覚めのいい日はマゾヒストになっており、嫌なことにも快楽を見出し幸せに感じる。逆なら自身に対してサディストになっているのである。

引き寄せの法則では、思考をも引き寄せることができる。つまり、「プラス思考」を引き寄せれば自分の意識が変革し、同じ日常でも常にプラスに、幸せなように感じ捉えることができるようになる。

これが、手帳(もしくはノート)で幸せな人生を送れるというゆえんの一つである。

ところで、私も手帳やノートを常に使用し、思考や感情をコントロールしている。それによれば、古今東西、十人十色の魅惑的なおっぱいが引き寄せられてしかるべきである。その継続性や思考、感情の強さからすれば、引き寄せすぎてもはや自身がおっぱいになりかけていても納得できるほどの状態である。

が、現実には私のもとにおっぱいは引き寄せられていない。引き寄せの法則などどこ吹く風。プラス思考も、卑猥な感情も、ただ私のもとで猛烈な空転を見せ、劣情以外のなにものも引き寄せようとしない。

プラス思考によるおっぱいという、つかみどころのないものを追求する、不毛の研鑽を積み重ねてきて、もはやもどれない境地にたどり着いた。スケジュールもおっぱいのために調整し、おっぱいのために必要なタスクを積み上げ、おっぱいを実現するための長いタイムスパンに立った計画を立ててきた。 その過程によって手帳やノートの使用方法は格段の進化を遂げるに至ったが、未だにお金もおっぱいもまったく引き寄せようとしない。

「あなたが望む望まないにかかわらず、考えていることが実現する」。向こうから否応なくおっぱいがやってくるに違いないと確信していたが、その思いは懇切丁寧に粉砕された。

よくよく調べてみると、「欲しい」と願うのは初心者にありがちな落とし穴らしい。「欲しい」と願うということは、現実には不足しており満足していないということ。 「欲しい」と願うということは、「欲しいという気持ちを引き寄せる」ことになり、常に不足していて欲している状態になりがちとのことらしい。

とはいえ私たちは常に二つのおっぱいしか持っておらぬ。男は自分の胸を見ても何の益もないし、女性は大きさや形に悩むのが関の山だろう。女性が男の胸を見てどのような感情を抱くかは想像する他ないが、男が女性の胸を見た場合、特殊な状況を除いて幸福感に浸ることができる。何が言いたいのかというと、おっぱいが十分に足りている状態、というのはあり得ない。常に私たち男性は、他者の存在を必要とするのだ。

仕事関係のガントチャートは常に変動するのできめ細やかな管理のフォローが必要になる。しかしおっぱい引き寄せのガントチャートは微動だにしない。祇園精舎の鐘の音と沙羅双樹の花のいろは盛者必衰のことわりをあらはす。

一切盛り上がることなく、常に必衰なおっぱい引き寄せは成就するのか。人の意思では操ることができないなにかも、また確かに存在するのである。