いろは。

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切ない学校の怪談

 僕は「夏の作品」に、『学校の怪談2』を推したい。その理由は、自分の顔があまりにも一人百鬼夜行で、重要文化財の域に到達しかねないほど侘び寂びに富んでいるからだとか、逆インスタ映えしそうだからなどではない。僕にとっての「夏」は、特別な季節なのだ。

 両親が、何か哲学的な考えに基づいてことに及んだのかどうか定かではないが、僕の誕生日はお盆真っ只中である。ご先祖さまがキュウリの馬で帰宅すると同時に、コウノトリから颯爽とこの世にコンニチワして降り立ったことは、もはや覚えていない。

 小学生のころ、友達のお誕生会に呼ばれて行った。けれど僕は、友達を呼んだことはほとんどない。みんな僕の生誕祭よりも、ご先祖様をお迎えすることに忙しかったからだ。夏はいろんな意味で悲しい季節もあった。

 

 けれど、誕生日がある夏というのは特別だ。毎年律儀にやってくる南高北低の気圧配置は、大体飽きてくる。たまにはいろんな気団がくんずほぐれつの入り乱れた体制で来てみろとも言いたくなるけれど、誕生日ゆえに僕の夏は、同じ夏ではない。夏がくるたびに歳をとって、ひとつひとつ大人になっていく。そんな夏の時期に公開されたのが、この『学校の怪談2』だ。

 公開されたのが1996年なので、もう20年以上経っている。当時、怪談と階段と猥談の区別もつかない子どもだった僕は、猥談を主とする大人になってしまった。僕らの夏休みは、朝のラジオ体操でスタンプをもらうことではじまり、自転車で町を冒険し、そうめんを食べ、学校のプールで遊んだ。いまではスマホ片手に塾へ行くこどもたちも多く、同じ夏の過ごし方が明らかに違う。

 けれど、そんなに時代が移ろっていても、私たちは夏になると「怪談」に惹かれる。それは涼を求める意味でもあろうし、聞いている者たちで「恐怖」という感情を共有することの喜びの意味でもある。幸せな話は、価値観の違いが大きい。けれど、「恐怖」という感情の価値観は、極めて近いことが多いと思う。

 

 当時、この「学校の怪談」シリーズの興業が大成功し、僕たち小学生は怖い話に熱狂した。そして、この「学校の怪談」の世界を再現したお化け屋敷も登場した。

 小学校5年生にとって、子どもだけの数人グループで公共の交通機関を利用して、2つ隣の市まで出かけることは間違いなく冒険だ。

  校区外に保護者なしで、しかも好きな女の子を含めた数人グループで行く。その幼いなりの背徳感に、当時の僕は舞い上がった。今でも覚えている。熊本県宇土市花園にあった「ひのくにランド」。そこに僕たちは、水着を持って行った。男女3人ずつの、ませた小旅行。

 広大なドームのプールがある。大きな滑り台やフードショップがあって。そのなかに「学校の怪談」のお化け屋敷があった。その中に、僕は当時好きだった女の子と入った。僕の中での「学校の怪談2」は、弟や母さんと観た映画だった。そして、このお化け屋敷にはいったことで、好きだった女の子との思い出の映画にもなった。お化け屋敷は、怖かったり、恥ずかしかったり、舞い上がったり。正確なところは正直覚えていないけど、やっぱり忘れられない夏となったことは、こうして書いていてもしみじみと思い知らされる。

 

 この映画を観ることで、「好き」と「恐怖」という、あのとき確かに僕と彼女が共有していたものを思い出すことができる。

 

 思い出の遊園地は、今はもうない。僕にとって同じ夏は二度とやって来ない。その女の子は、どこかで好きな男性と一緒にいて、この青い空と焦げてしまいそうな暑さを感じているだろう。

 時間も場所も、そして気持ちも遠くに離れてしまったいま、この映画の向こうに幼い頃の自分たちを見出す。

いつか来るんだろうか。その姿をみても切ない気持ちなんかなくって、とても懐かしくって、笑って再会したい。

 

そう思えるような自分に、なれる日が。