いろは。

手帳・文具中心の雑記系ウェブログ。

手帳文化 その闇

朝、起きてふらふらと外へ出た。なんの変哲もない道を歩き、駅に着く。行きつけのドトールでアイスコーヒーを注文し、一息ついた。

私はここで考え事をする。何かの目的があったり、人生で途方に暮れていたり。暗中極まり無いなかで模索するとき、頼るのは自分の思考、そして紙とペンだ。

 
先日、トラベラーズノートで有名なデザインフィルがあらたなツールブランドを発表した。アイデアを形にする、「PLOTTER」である。


(参考記事)
リダイレクトの警告

この新たなツールブランドが提唱するアイデア創造のフローに注目してほしい。

 

PLOTTERが提唱するアイデア作成の流れ

  1. イデアを書き留める
  2. イデアを並べ替える
  3. テーマ別にまとめる
  4. そのとき必要なアイデアだけを持ち歩く
  5. イデアアーカイブする
  6. アーカイブから出し入れしたり、新しいアイデアを引き出したりする
  7. 1.に戻る


これらは、システム手帳の機能と完全に一致する。綴じ手帳では構造上並べ替えができない。アーカイブも年度などをまたげば難しくなる。その点において、システム手帳は重さ、リングの干渉などの軽微な問題点はありつつも、アイデア作成に最適なツールとして愛用してきた。

 

今回、PLOTTERのツールラインナップがシステム手帳を踏襲しているのも、ブランドの理念からすれば当然の帰結と言えよう。
プレスリリースを見ながらぼんやりしていた。



私はメモ帳として仕事用にブロックメモのRHODIA 、プライベート関連のメモにトラベラーズノートを使っている。


以前に、アイデアを作る目的が分からないという記事を書いた。アイデアのメモをとる、というが、アイデアは何か解決すべき課題や果たしたい目的から必要に迫られて浮かんでくるものだ。それが分からないうちは、何のためのアイデアか存在意義が分からない。結果、雑多なメモだけが積まれていく。

目的や課題を明確にすると、日頃に接する情報からのインプットも精度を増す。精度の高いインプットを土壌にして生み出されるアウトプットも、比例してクオリティが高くなる。
逆に目的が確立されていないうちは、インプットもブレることになる。気になった記事などをメモにとる。しかしその解釈は目的意識の有無によって全く異なるものになるし、そもそも情報の取捨選択から変わってくる。
イデア作成の第一歩は、その目的・課題を明確にすることだと悟った。


そもそも「自分の頭でものごとを考える」という行為は非常に難しい。試行錯誤を自ら繰り返すことでしか培われない力の一つだ。

 

そこで最近、気になるのが「手帳セミナー商法」だ。手帳の「幸せを引き寄せる」ための活用方法などを書籍やセミナーで指南してお金をとるというもの。このような分野が成立するにあたり、手帳という文化そのものの広がり方の中に問題点があるように思う。

 

私含め、手帳の愛用家たちは運用について詳しく紹介する。SNS、ビジネス雑誌などでも多く目にすることになった昨今、アナログの強みが見直されつつある。私自身、いろんな方達の運用を参考にしつつ、自分なりの使い方を紹介してきた。また、日夜人々は手帳会議なる検討を重ね、日々その運用方法は研鑽を重ねてきた。手帳が単なるメモだった時代に比べ、大きな進歩を遂げている。

 

しかし、アウトカムが見えないのである。その手帳を使った結果、その運用に変えた結果、具体的にどのような効率化が図れたのか。何をなせたのか。その最終目的たるアウトカムが、一切見えない。見えないままに、次々と新たな運用方法だけがインプットされていく。手帳のブラックボックス化である。

 

もはや何も知らない、これから手帳を使ってみたいというような人から見れば、手帳は結果が見えないままに進化し過ぎた。
魅力的な結果を実現するためのフローに、よく理解されていない複雑なツールや新しくて情報が十分でないものを噛ませることで、商法が誕生する。それがいまの現状に繋がっているのである。

 

手帳愛好家からすれば、そんなに数万円を投資して学ぶまでもなく、いろんな情報があることを知っているし、それに捕らわれすぎるべきでないことも知っている。だが、もはやこれから飛び込もうとしている人たちの中には、それが分からずにセミナーなどにすがるしかない層が出てしまうほど進化している。

 

たとえば、InstagramTwitterの手帳ゆる友タグに見られるような日記の手帳。これらは、書くことそれ自体が目的になっている。書いた日記の写真を見ると、とても楽しんで書いている様子が分かる。しかし、時間管理、効率化などビジネスライクな運用となると、なかなかアウトカムが見えにくい。そして「幸せになる」といった目的実現のためにはこのような運用がどうしても必要になる。そして格好のカモになっていく。

 

いろんな分野の第一線で活躍している人の手帳を見てみたい。そんな興味が私にはある。見返して見れば、「結果というアウトカムの見える手帳」を求めていたのかもしれない。

 

手帳文化が広がるのはとても喜ばしいことだ。しかし自浄作用がないまま無節操に広がれば、やがてそれは宗教色を帯び、やがて人から敬遠されがちなら分野になりかねない。その点だけが、いまの私に強く引っかかる。

 

セミナーなど、と書いたが基本の基本については書籍やセミナーに頼ってもいいかもしれない。しかしその基本の基本は、ごくごくシンプルなことしかない。

 

トライアンドエラーを他人に評価されることほどくだらないものはない。少しでもこのブログが、気軽な運用の入り口紹介になればと願うのである。