いろは。

手帳・文具中心の雑記系ウェブログ。

クリティカル・シンキング

 これからは「知の武装」が重要になってくることは間違いない。AIが人の仕事を奪って雇用が減ってどうのこうのなどと議論を巻き起こしているが、そもそも誇り高き我々人類がコンピュータごときに屈してはならない。

  もし、私の職場に人工知能が持ち込まれ、いよいよその稼働によって私の首が刎ね飛ぶことになったとする。そうなると知の武装をしていない人は絶望に打ちひしがれておとなしくこの情報高度化社会を去るのみだ。しかし、普段から思考を鍛えておけばなんのことはない。

 例えばものを記憶しておくこと、四則演算などはコンピュータの得意とするところで、そんな分野で勝負しても勝てようはずがない。これから人工知能が台頭してきたとしても、人工知能にできない技能・分野を持っていれば何ら臆することはないのである。

 つまり、私の職場に導入された際には、速やかにサーバーに「どりゃあ!」と水をぶっかけた後、ドリル小渕と化して入念に穴を開ける。肉体労働においては人工知能など、人間様の足元に及ばないのである。

 

 こういった「ものの本質を見抜く力」というのは、現代において重要なスキルになりえる。けれど、それを得るには自分の努力なくしてはありえない。お金を出してインストールできるような単純なスキルではないのだ。

 マーケティングでよく出されるフレーズがある。「ドリルを買いに来た人が欲しいのは、ドリルではなく穴である」。まさに本質を見抜いた言葉だろうと思う。また例えも秀逸だ。ドリルと穴だからこそ分かりやすい。

 「TENGAを買いに来た人が欲しいのは、TENGAではなく突っ込むときもちいい穴である」。似たようなものだが、TENGAはそもそも突っ込むと気持ちいい穴であるので、この言葉には何の説得力もない。ドリルと穴だからこそ、その関係性が際立っているのである。

 

 本日、モンスターハンターワールドが発売された。いい歳こいたおっさんたちが、奇想天外なビジュアルのキャラを駆使し、武器を担いでフィールドを駆け抜ける。正直、羨ましい。私もいい年こいたおっさんなので参加したい。

 購入すればいいだけの話なのだが、致命的なことにPlayStation4を所持していない。致命的というか前提が間違っている。にもかかわらず、購入になかなか踏み込めないのには理由があった。あまりに情報の保存性に乏しいのである。

 

 例えば手帳やノートといった紙媒体はいつまでも進歩が無いように見えるも、ペンやノリさえあれば何でも保存でき、いつでも閲覧できる。対してデジタル機器の進化は目覚ましい。しかしそれは裏を返せば、劣化のスピードも速いということだ。

 例えば今やMOなんていうメディアは再生することが珍しい、フロッピーディスクはその存在すら知らない人がいる。いま、これらの媒体のデータを再生するためには、専用のドライブが必要だ。そんなものが量産されていけば、不便なことこの上ない。

 ゲームのハードも同じようなもので、発売当時、僕らを熱狂させたFinal Fantasy7は、いまのPlayStationでは再生することはできない(というよりもスマホのアプリでできちゃったりはしているが)。いま、数万をつぎ込んでハードとソフトを揃え、武器を担いでフィールドを駆け巡りながら現実社会では引き籠る。そんな楽しい時間も数年後には遺物と化していても、おかしくないのである。

 

 対して手帳やノート、書籍などは進化もそんなにしない代わりに劣化もしない。遺物と化すことがないのは大きな強みではないだろうか。安心して手元に置いておけるツールで、情報の保存性がとんでもなく高いからこそ、思考ツールとして大きな力を発揮するし、私たちのものの考え方をより高度へと導いてくれるのだと思う。

 やがて物事の本質が見抜けるようになると、世間に跳梁跋扈しているような他愛もない情報に翻弄されることもなくなる。例えば複雑な要因が絡み合う政治や外交問題もそうだ。特に特アと呼ばれる三カ国についてはより大きなバイアスがかかっている。

 

 なかでも慰安婦問題で合意した韓国に対しては、さまざまなイデオロギーが派手に渦巻いている。嫌韓であれレイシストであれ左翼であれパヨであれ、もう一度冷静になって現況を俯瞰し、クリティカルな思考を働かせるべきだ。歴史や文化はもちろんのこと、近隣の政治情勢を踏まえてバイアスを捨てると、報道やメディアの中とはまた違った姿が見えてくるのだ。

 

 私はその結果、ハン・スンヨンという真実の姿にたどり着き、開眼した。あのあどけない童顔のショートカットこそ至高であり、彼女のかわいさは文化や国境、はては歴史認識をも超越するものと考える。すげーかわいい。できればショートカットに戻していただきたい。

 一切ブレない価値感が、そこにはあった。