いろは。

手帳・文具中心の雑記系ウェブログ。

手帳の可能性 ― 魅力的な手帳のつくりかた ―

 システム手帳の最大の売りは、カスタマイズの自由度の高さにある。ユーザーの工夫があれば、カスタマイズはどこまでも可能になることは周知の通り。

 しかし、その限界を見極める必要はないだろうか?かならずどこかに有限の境界線があるはずだ。

 手帳そのものが成せることには限界がある。スケジュールを管理したり、アイデアを記憶のかなたに埋めることなく書き残しておくなどその程度だろう。しかし、その使い方によって持ち主の行動を変れることができれば、おおきな可能性を秘めている。 

 例えばポジティブな思考になる、博覧強記になる、流行の知識に敏感になる、とかなれば、周囲に群がってくる人の層も自然と変わるだろう。やはり手帳の可能性は無限なのではないか。私はその限界を見たくなり、一つの仮説を立てた。

 

salsa.hatenablog.jp

 

 システム手帳は、カスタマイズによって鈴木杏樹になれるか?なれるはずがない。むしろ正気の沙汰じゃない。そういう思いこそが、自らの可能性や視野を狭めてしまうのである。

 ガリレオも地動説を唱えたときは批判されたし、進化論のダーウィンだってそうだ。批判や世間の目を気にして縮こまる奴に大事は成せん。なにせ私には宇宙という味方がいる。

 

 

 

 宇宙が願いを叶えだすのであるからして、愛情をかけた手帳は鈴木杏樹になりえるのである。その可能性は大きい。ちなみに冒頭で示したリンクの記事は、こう締めくくられている。

『2017年は順調に華々しいスタートを切った。きっと2018年には、私のそばに鈴木杏樹さんがいるに違いない。』

 

 そして2018年である。念のためバレンタインデーまで待ってみたものの、鈴木杏樹さんの影も形も微塵もない。相変わらず朝の情報番組「ZIP」で、天使のような微笑みを振りまいている。しかも液晶の中である。断じて私のそばなどではない。ここでは2つの可能性が考えられる。

 

1.そもそもいくらカスタマイズしても成れぬものは成れぬ

 夢も希望ない結論の仮説だが、また別の仮説を完全に否定できない以上、こう決めつけるのはまだ早い。

 

2.鈴木杏樹さんにするカスタマイズに不備があった

 そもそも何か具体的にカスタマイズしてきたのかと問われれば、厳然と「何もしていない」と回答するしかない。鈴木杏樹さんの画像をプリントアウトして挟み込んだものの、そこから先の具体的なアクションが分からずに途方に暮れていた。

 「こう書けば宇宙が叶えだす」とは言っても、書いている私は私であって、鈴木杏樹さんではないのだからそもそも前提が異なる。

 

 結論としては、なれるかもしれないし、なれないかもしれない。真実はやぶの中。明確にしないことがいいこともある。ただ確かなのは、こういう願いを立てた私の頭は、早急な精密検査を要するということだ。

 

限界は限界としてあるということ

 私たちは普段、100を頭で考えていたとしたら、30~40で行動し、生活している。後の70~60はいらないと判断したり、重要なことでも後回しにするうちに消えてしまったりだ。この切り捨てて消えゆく部分に、「おおきな可能性につながるもの」が含まれているかもしれない。

 手帳は、それを留めてくれるものだ。その意味で大きな可能性を持っている。ただし重要なのは、そのすべては自分から生み出されているものだということだ。競馬新聞を片手にカップ酒を煽りながら煙草を吸っている人の考えている100と、ビジネスで大きな成功をおさめたような人が考えている100とでは大きな隔たりがあることだろう。

 

 しかし、手帳は頭の中で考える以上のものを引っ張り出してくることはない。少しでも上質なアウトプットを望むなら、持ち主であるあなた自身が何事にも積極的に体験し、本を読み、新しい知覚に触れることだ。そうすることで、手帳が回す情報は少しずつブラッシュアップされ、質を上げていく。

 

 その意味において、私はTwitter上で「ひたすらに手帳の使い方や制作したページ」ばかりをツイートしている人よりも、普段からアクティブで自分と全く接点のないことも楽しんでいるような人の手帳の方が断然魅力的に思えるのである。それはビジネスの成功であったり、すごいなと思える何かを成している人も同じで。手帳の使い方だけでアイデンティティを保っているような専門家さまには空虚さしか感じないのだ。手帳の魅力は持ち主の魅力に比例する。

 

 魅力的だな、と思える手帳の持ち主さんがいたら、その使い方はまねしなくていい。使い方なんて些末なもので、雑談やツイートやブログからいくらでも参考にできる。それよりも、その持ち主さんの生き方をまねた方が、よほど手帳も魅力あるものになるだろうと思う。

 

 昨年は望みが高すぎた。まだ私に鈴木杏樹さんをつくるという偉業は早いようだ。今年はそれとなく自分にあった目標を掲げようと思う。知床にぶらりと行って、佐々木恵さんにガイドしてもらうこと。これを目標に生きていこう。