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『経済数学入門の入門』

『経済数学入門の入門』 田中久稔/岩波新書

  私の地元のは「NO」(エヌオー)という、FFのラスボスみたいな名前のローカルオシャレ雑誌があるのだが、そこでは毎回、男子高校生ランキングが開催されていた。誰もが想像するようなゆるいランキングではなく、徹底的にイケメンだけを厳選したコーナーだ。それもゆるいものではない。

 例えば今でも覚えているのは「勉強を教えてもらいたい男の子」というランキング。これはイケメンであることに加え、偏差値60以上の高校生しか出ていなかった。ランキングといいつつその情報の出所は一切不明なのだが、徹底して偏差値至上主義むき出しのランキング。高等託児所などと揶揄されていた高校の生徒は、いくらイケメンでもそのランキングには掲載されなかった。もっとも勉強を教えてもらいたい男の子、だけでなく色んなランキングが開催されていたのだが。

 

 その勉強ランキングで、私の高校は必ずと言っていいほど一人は誰か掲載されていた。もうアイドルなみのグラビア写真が掲載されるのである。掲載された人はイケメンを公認されると共に、県内の高校生ではちょっとしたステータスだった。そう、私の孝行は偏差値もそれなり、自由な校風により地元の女性たちからは人気の高校だったのだ。そんな環境の中において、異性からの徹底した孤立、空手最優先による青春の放棄など、打たんでもよい布石を丹念に打ちまくった私は、当たり前のようにランキングからも無視されるに至った。イケメンではないという厳然たる事実も大きく影響したことだろう。

 

モテる科目

 勉強で異性にモテる科目と言えば、圧倒的に「数学」と「英語」だろう。私はモテるためにこの両物を勉強したと言っても過言ではない。英語は文理共通して必ず大学受験に含まれるし外書や英字新聞を読めるとかっこいい。数学は複雑怪奇な数式をスマートに解くとかっこいい。まさしく頭の悪い人の発想である。

 数学の先生は言った。「この社会は数式でできている」と。それはともすれば、この世界は数式で記述できるということである。普遍的なロジックで記述される世界とその美しさは、などとは微塵も考えず、「たしかにおっぱいは二次関数のそれである」などと納得していた。その言葉に感銘を受けた私は、「異性にモテるプロセスも数式で記述できるはず」と数学と物理、それからかっこいい英語に打ち込んだ。また、いつか異性にモテたときのために保健体育の知識も丹精込めて吸収し、のちに「ペッサリー博士」の称号を賜ることになる。

 

 ところが数学に関しては、数学Ⅱまでは得意だったもののBの猛攻を受けた。例えば数列。等差数列や等比数列があり、n番目までの和を求めるΣ。私からいわせれば、なぜ数字が偉そうに謎をまとって並び、「和を求めよ」などと命令してくることが許せなかった。謎は、意図的に数字を並べた者によって生み出されたものであり、そもそもそんな面倒なことをしなければ謎そのものも生まれないのである。私は不当な苦労を背負わされたことに対して、無常感と怒りを覚えた。というか分からなかった。迅速に撤退したのである。

 

経済学専攻

 私は数学から戦略的撤退を余儀なくされた。異性のどうのこうのと言っている場合ではない。大学受験という大きな人生の節目があったのである。英語を果敢に攻め、「ちはやふる」を読んで古語に親しみ、圧倒的に暗記を強要される日本史・世界史をブン投げた。世界史に至っては、没したはずのアレクサンダー大王が何度も復活して攻め込んできて、もはや限界!と悟り、数学との再婚を迫られた。受験までの間だ、仕方がない。そう言い聞かせて勉強し、経済学専攻に進むことが決定した。

 経済学部では経済数学が専門科目であり、かつ4単位も有していたのである。しかも数学は経済数学のみにとどまらず、ミクロ、マクロ、計量経済学、統計でも情熱的に、ストーカー規制法の範疇に収まりそうな勢いで付きまとってきた。そして悟ったのである。経済学とは理系の学問なのだと。

 

経済数学入門の入門

 本書はそんな経済数学を学ぶための心構えを教えてくれる1冊だ。なぜ経済に数学が導入されることになったか、その経緯とメリット。そして、関数の基礎から解説に入っていく。文体が非常に柔らかく、比喩がうまいので読み進めていくうちに数式の意味を理解できるようになる。

 関数から需要曲線、供給曲線へと話が移るが、曲線という名の直線は、経済学部で誰もがぶつかる現象である。そこから微分導関数偏微分と進んでいく。内容はぜひ一読いただきたい。

 

 経済のテキストにおいては、例えに使われるたべものはたいがいにおいてパンであり、重さの単位もポンドが多いため実感が分かりにくい。また仮定に仮定を重ね、ごくシンプルな世界を前提としてモデルを構築する。その世界では人間はいくつかの財だけで人生を送っているし、ギャンブルや風俗で散財することもせず、きっちりと一定の率を貯蓄に回す。

 しかし現実の人間は、彼女に振られてヤケ酒を飲んだり、食べきれないような量のパンを買ったり、風俗からの帰り道で「愛しているよ」と恋人に告げたりもする生き物だ。あまりに仮定という前提が多すぎて、机上の空論でしかなかった。

 そんな経済学の理論に生命を吹き込んだのが数学である。不変真理を追究する数学のロジックを用いることで、経済学はその実体を与えられたと言える。数学は、不変真理をベースにしているため、応用する分野によっては物理にも化学にも及ぶ。そしてそれは経済をも取り込んだ。実体を与えられて、はじめて観察とその発展が可能になることは論を待たない。

 数理経済学の歴史と概要の概観を辿りながら解説は進んでいく。当時、毛根への深刻なダメージが懸念されるほど頭を悩ませたラグランジュ乗数や、計算はできるけど概念が理解できない二階導関数偏微分など懐かしい面々に再び会うことができた。数学が苦手な人も、経済学のトレンドを追う意味では読みやすい本だと思う。残念な点があるとすれば、数学にフォーカスをあてた「ボックス」が、新書サイズの関係から、ほんの少しではあるものの解説に容量が足らなかった。とはいえ巻末の読書案内では、入門前に読んでおくべき本からマスターやドクター対象の専門書まで幅広く豊富に紹介されており、ここでカバーできているとも言える。

 

 数学的な解説だけにとどまらず、さまざまな経済学者のエピソードも満載で、読み応えがあることも挙げておこう。僕らの大好き、多面体定理のレオンハルト・オイラーも、オイラー方程式で登場することも付記しておく。

 

 数学は、ストイックに不変真理を追究した哲学の一領域ではないかとすら思った。かつて微分を習ったとき、3次元から2次元へ降りた数式は、「接線の傾き」であると習った。そしてその数式が0ならば、接線の傾きも0であると。だからどうした、それで何が分かる、という感想で終わっていた私に、友人は言った。「おっぱいの接線の傾きが0であるとき、そこは乳首であり、それより先におっぱいは存在しえない」。私は雷に打たれ、目からうろこがすっ飛んで行った。

 経済数学の入門のみならず、数学がいかに役立つか、人類の武器となるかを知るきっかけになった一冊であった。