いろは。

手帳・文具中心の雑記系ウェブログ。

brave heart of Youtuber

 精神年齢の低さには提供がある私だが、それはいまだ絶賛継続中である。普通、齢30も数年超えれば素養は磨かれ、知性は育まれ、おしゃれなレストランや美術館などを徘徊して大人の魅力に磨きをかけるだろう。

ぼくとお化け屋敷

  ところがアダルトチルドレンともなるとそうはいかない。私はいまだ温泉や観光、遺跡めぐりよりも目下テーマパークへの突入を好む。先日、ふとツイートしたが、人生の危機に追い込まれたとき。雄大な自然と卑小な自分を比して己の小ささを悔悟したり、神秘的なものを目の当たりにして死生観を転換させたりなどとは考えなかった。

 ただUSJホグワーツのローブを着て、グリフィンドールのマフラーを巻き、自分に選ばれた杖を振り回しながら、ただひたすらにホグワーツ寮生としてパーク内を徘徊したかった。

 

 テーマパークでの私はほぼ無敵である。縦横無尽に有給休暇を駆使し、天衣無縫にジェットコースターで空間を駆け巡り、純粋無垢に現実から逃避せしめる。しかし、ほぼと表記したのには理由がある。いくつかの弱点を晒さずにはいられないのだ。

 まずひとりである。恋人はおろか、この年齢になって未だ少年の心を忘れずにテーマパークを謳歌してくれる友人がいない。常に孤独との共存を迫られる。たゆまない精神的鍛練によって、東京ディズニーリゾートではこの弱点を克服することができた。しかし未だUSJに単騎で突っ込む度胸はない。

 そして先の弱点からつながるのだが、私はお化け屋敷が好きだが、怖い。意中の乙女と乗り込むのならば、暗闇で2人きりというシチュエーションを逆手にとりあらゆる妄想で乗り切れることだろう。しかし、私は単騎、ピンで廃墟のようなおどろおどろしい空間に乗り込むことになる。それはさながらスピリチュアルマゾヒストである。

 

 どこでの記事かは忘れたが、かつて私に恋人がいたときの遊園地デートを告白する記事を書いた。彼女は黒髪で管楽器をたしなむ清楚な女性だったが、おばけやしきは断固拒否する類の人間であった。私も怖くてしょうがないが、それでも怖いもの見たさが勝る阿呆であった。しかしいくら勝ってもひとりで入る勇気はない。そこで見知らぬ家族に懇願して一緒に入場し、たくましいお父さんを先頭に見知らぬ子供たちを携えて踏破するという偉業を成し遂げたのである。他にもUSJバイオハザードなどで彼女をゾンビへの囮にして駆け抜けるなど華々しい伝説をいくつか残すが、それは割愛する。

 

 しかしながらそれは今となっては数年も前の話。いまや私は社会で揉まれ、組織で磨かれ、もはやテーマパークに行く余裕さえなくなっている。ところがそんな環境はお構いなしにどんどこストレスは降り積もっていくのであった。

 

Youtuber

 今は情報がものをいう社会である。たいていの表面的な知識はGoogle検索で賄える。知識の価値は急激に陳腐化した。やがて情報を駆使して儲ける人たちが出現する。そのもっとも身近な例はYoutuberであろう。

 彼らは映像を通して、バラエティや知識やさまざまな情報を提供し、その登録人数や再生回数に応じた広告収入を糧としている。トップクラスともなれば情報拡散を狙った各人気商品が無償でどこどこ届けられ、年収数千万という人もいるらしい。一方で、再生回数30万もたたき出しながら数十円の報酬しかもらえずに銃を乱射するという痛ましい事件を起こす人までいる。

 はたから見ればうらやましい。口うるさく言う上司もおらず、楽しそうな映像を撮って編集し、流せばよいのだ。確率は低くともそれで数千万稼ぐ人もいる。ならばそれをやってみるのも悪くなかろう。なに、自分が世間様に顔をさらしてフリー素材になる覚悟さえすればいいのだ。そう思っていた。

 

 いまやほしい情報は何でもたいがいが手に入る。お化け屋敷もその一つで、私のような人間にとっては貴重な情報だ。Youtubeでも検索すればいろんなお化け屋敷の映像を観ることができる。

 フラッシュ撮影などを禁止するところは多いが、映像はどうだろうか。お化け屋敷に関して言えば、どうみても映像という情報よりも、現地で得た「体験」の方に大きな価値があるように思える。なので私のような小心孤独者にはとてもありがたい。だが、その映像を見るにつれ、Youtuberの方々の豪気に圧倒されるばかりなのだ。

 

 たとえば、とある人は、ただひたすらにお化け屋敷の映像を撮っている。そこにはナレーションも編集もない。ただひたすらに無言で闇と同化し、カメラを回しているのである。時に絶叫音声やぷしゅーという効果音、おどろおどろしい南無妙法蓮華経的なBGMが流れても彼らは動じない。私ならば、少年ジャンプの銀魂で有名になった「あたぱー!」の悲鳴の一つもでてしまうところだが、彼らは映像のクオリティのため、ただひたすらに己の感情の機微を殺してカメラを回す。

 もしかすると、そのために何度か下見に入っているのかもしれない。しかし私からすれば何度も同じお化け屋敷に突入するという荒行をなし得るのは虚無僧と同等である。やはり敬意を払わずにはいられない。

 何か他者に価値あるものを提供しようとするとき。そこには必ず勇気が必要になる。お化け屋敷を映し出す者は、心臓に育毛剤をふりかけまくるような精神鍛錬が必要だろう。何があっても声を出さず、あせって走り出したりもしない。むしろギミックをよりみせるために自ら飛び込んでいく。もはや心臓に毛が生えているとかいうレベルではない。彼らの心臓はパンチパーマかアフロに違いないのだ。

 そうでなくとも意表を突く切込みから己の姿を晒し、全世界に発信する勇気。そして何よりも、スズメの涙ほどしかない収入を覚悟する勇気も求められる。

 

 最近、親の子供になってほしくない職業第1位にYouruberが輝く快挙を成し遂げた。しかるにそれは、より多くの素養を求められる仕事だから、なのかもしれない。