いろは。

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免許失効してみた【序】

 ガリバーのそれは旅行記だったかもしれなけれど、ジュール・ベルヌの「海底2万マイル」、「月世界旅行」、海賊探検記ともいえる「ワンピース」など、探検記はいつの時代も読む人をわくわくさせてきた。

 だから、そんな探検記をブログで公開すれば、アクセスはうなぎ上りに違いないと血迷うまでに時間はそうかからなかった。しかし、避けては通れない問題がある。探検記を書くには、当然、探検する必要があるのだ。

  偉大な作家は、空想の中で探検し、それを文章にした。しかし凡庸極まりない私にそんな芸当ができるはずもなく、当然に探検記を書くならば探検して書く。という当たり前すぎることをしなければいけない。

 世の中で冒険家と言われる人たちは少なからずいる。しかしそうした人たちは、エベレストの頂上だとか、人類未踏の地を徘徊するとか、過酷過ぎる環境を克服してきた人たちだ。それはきつい。できれば快適な環境で、身の安全を保障されながら探検ないし冒険をしたいと思うのは誰しもだろう。私も例に漏れず、そのような探検の機会を伺っていた。

 できるならば、ちょっとした冒険の挙句、行方不明になってた子どもとかを見つけて、警察にわき目も振らずに親へ届けたりして情熱大陸に出演したい。しかし機会を虎視眈々と狙っていたのだけど、待てど暮らせどそのような冒険の依頼はやってこない。

 やがて時間も流れ、自分が求めいているのが冒険なのかレジャー観光なのかわからなくなってきたころ。それは私に訪れた。

 これは私の大冒険記だ。だから今回だけではとても終わらず、数回の記事更新を要することになると思う。しばしお付き合い頂きたい。

 

 私は、そろそろプロフェッショナルからオファーが来るのでは?と周囲に目されるくらいの、泣く子も黙るプロフェッショナルである。何のプロフェッショナルなのかと言うと免許失効プロフェッショナルだ。自由自在に更新期間を往来できるものと思っていた私の前に、道交法が立ちはだかった。

 

 ファースト失効では、ビギナーでありながら6ヵ月と1日経過という大記録を樹立した。この記録は行政にも大歓迎され、その熱い思いに応えるように大型自動二輪免許を取消し、普通自動車免許を仮免許証へ降格させるという破格の対応がなされた。欧米諸国へは微笑み外交のくせに、私へは強硬過ぎるあたりであると言わざるを得ない。以来、私は社用車へ乗るにも、前後の若葉マーク及び助手席に運転ベテランを召喚する必要に迫られ、結局、「かえって迷惑」というスタンディングオベーションに後押しされて外出することがなくなった。

 

 2回目の失効は、更新のハガキが届いたのだが、大事に大事に持ち歩いていたら休日の更新予約を入れることが叶わなかった。過ぎゆく更新期限日を、「ゆく年くる年」みたいなおももちで過ごした。過ぎ去った時間と免許はもう戻ってこない。そんな感傷に浸りながら、自分の誕生日一か月後をそっと祝った。

 

 しかし、あんな思いだけはもうしたくない。一回目の失効。会社へ提出する身分証明書が「仮免許」という前代未聞の強気の姿勢を貫いていた私だったが、免許がないのはさすがに困る。そこで私は「一発試験」という名の実技試験を何度も受けるという、一発なのか乱発なのか判断がつかない事態に陥っていた。ただ確かなのは、一発試験が平日午前中のみしかやっていないこと、そしてそれは社会人にとってかなり困難であるということだけだった。

 免許がないと仕事にも支障が出る。だから私はこれでもかと有給休暇を行使して、大出をふるって免許センター試験場へ赴き、試験を受けていた。このまま仕事休めるなら落ち続けてもいいや、と夢見心地になる反面、職場では寒冷地みたいな接遇を受けるはめになった。あんな思いは二度とごめんだ。

 

 勇気をだして、免許センターへ電話をかける。「うっかり失効(2回目)です」と告げると、お姉さんが必要な書類や申請のあらましを説明してくれた。しかし私にとって重要なのはそこではない。今回は前回に比べ、やや伸び悩んだ18日間という記録。果たして免許は再度、(仮)という(笑)みたいな扱いの免許になるのかどうか、である。結果として、少し多めにお金を払って講習を受講すればよい、ということであった。こうして免許取戻しをかけた、私の大冒険は華々しく幕を落としたのである。

 

 

【次回予告】

 自主的に召喚されたメンバー。それは免許の更新を屁とも思わない、ツワモノ揃いのメンツだった。そしてその中に、青学テニス部 手塚部長チックな雰囲気のヤツがいた。見せつけられる行政の圧倒的な事務スキル。入り乱れる講習受講者。そして、それらのメンツをまとめる意外な人物とは。

 次回「見知らぬ顔写真」 お楽しみに!