いろは。

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免許失効してみた【破】

 お役所はどこでもそうなのだけれど、書類の様式や不備に厳しい。身分を公的に証明する免許センターも例に漏れず、書類はきっちり記入することが求められた。必要な書類一式に関しては事前に確認していた。もちろん、顔写真も。

 「大は小を兼ねるからね」とか思いながら、メモを失くした私は証明写真で一番大きいものを選んで数枚準備していた。

 「写真が大きすぎますね…。免許証の顔写真のサイズでよかったんです。向い側に証明写真あるので撮りなおしてきたください」

 そんな愉快で私の免許の取戻し申請は幕を上げた。どこの世界に、自らの顔面を激写した特大サイズの写真を握りしめて証明写真を撮る人がいるのだろう。周りからみたら、「ヤダ、あのひと証明写真をプリクラ代わりにしてる。お金持ちで素敵!」みたいなまるで石油王の雰囲気になっていたことだろう。

 

 申請にあたっては、売店で書類を購入することから始まる。それを販売するのは交通安全協会という、警察組織のシルバー人材派遣会社みたいな組織だ。A4サイズの用紙3枚セット(収入印紙付き)で数千円もっていかれた。写真撮影との見事なコンビネーションで早くも私は虫の息。免許センターから帰る術を失ったかに思われた。バス代を確保するために、交通安全協会への加入をすすめられるも「持ち合わせがありません」と偽らなさすぎるストレートパンチで返した。

 

 その用紙を持って記入台へと移動する。そこからはもう、鬼神の形相で筆記する。氏名、住所、失効の理由などを記入していく。先の記事でも紹介したよう、「うっかり失効」ではなく、「覚悟によって沈黙し、座したまま失効」だったのだけれど、窓口の担当者からは「はい、うっかりですね~」と処理された。

こうして無事に申請を済ませると、視力検査が行われた。そもそも私が検査されるべきは、視力よりも正気とかの方だ。主に熟女分野における審美眼に定評のある私は、難なく全裸な肉眼で検査をパスして、指定された講習教室へと入った。そこには既に、講習を待ち構えているつわものどもが鎮座していた。

 

 ちなみに、私は免許を一発試験で再度取得してからの更新となるため、「初回更新者講習」を受けることになる。だから講習室にいるのは、免許を取得して3年ほどの交通ヒヨコちゃんたちだ。マックのドライブスルーでの恐るべき低速走行追突事故や、険悪な雰囲気の友人カップルの輸送などの修羅場を経験してきた私からすれば、何ら恐るべきことはない。そう思っていた。

 あきらかに年季の入った御仁が、まず最前列の席に陣取っていた。そうだ、忘れていた。あれは免許を取り上げられ、泣く泣く再度取得のために鬼の有給休暇取得を駆使して試験を受けていたときのことだ。一発試験を受けにくる人々は、何らかの理由で免許がなくなった、もしくは取り上げられた人である。ロングロングタイムうっかり失効の私なんて、一発試験のメンツの中では天使のようなピュアな理由だった。地元に指定の教習所がない、という人をのぞけば、大半が飲酒運転で免許が召された人々ばかりだったのだ。その中にいそうな雰囲気の人が、最前列で講習をいまかいまかと待っていた。

 講習室の後ろには、キャバ嬢×2。実際にはどうか知らないし、私もそのようなお店にはほとんどいかないので分からない。けれど明らかに実父(ジップ)とは異なるパパがいそうな雰囲気の女性だった。

 特筆すべきは、講習室のど真ん中。静かで言葉を発してもいないのに、「講習室唯我独尊」といわんばかりの雰囲気を醸し出している人物。テニスの王子様の、青学 手塚部長に雰囲気が似ていたのが印象的だった。

 そして最後に入室してきた変態。私である。

 

 さすがに平日の免許更新。集まるメンツは濃い。どんな警察官がこの講習室をまとめるのだろう。人数としては7人程度。小さな講習室だけに、「我、免許を平日に更新せん」、とする猛者たちが密集しているのである。一筋縄ではいくまい。いくら国家権力を有していようが、阿呆の集団の前では無力なのである。

 講習室の扉が開き、講習担当者が入室してきた。警察官と言えば、筋骨隆々、眼光鋭い人を想像されるだろう。暴走族も黙っておとなしく講習を受ける。そんな武闘派の警察官のイメージだろうか。ところが予想をあっさり裏切り、講習を担当したのは交通安全協会の人だった。警察官OBなのかもしれないが、それなりのご高齢である。私たちは、これで完全に油断してしまったのだ。

 

 講習は、講義と映像で進めるという説明を受け、スマホなどは電源を「断」にするか、マナーモードにするよう指示される。「切る」ではなく「断」である。叩き割ればいいのかと思ったが、「可及的速やかにデジタルデトックスせよ」という指示なのだとすぐに思い直した。

 ここからは講師の独壇場であった。今でも思い出すだけで鳥肌が立つ。世間ではスティーブ・ジョブズやTED出演者、プロレスラーのササダンゴマシーンなどのプレゼンをよく引き合いに出す。しかし、本物のプレゼンはそんな次元ではない。それを思い知らされることになった。

 まず資料の作り込みだ。液晶テレビにパワーポイントスライドが映しだされるのだが、この資料がとてもよく作り込まれている。資料の切り替え時には、ティローンと閃いたときのようなサウンドや、ショッキングな事故写真のテイストに合わせたガガーンというようなサスペンスなサウンドが添えられていた。

 何かのあたらしい規制が実行され、著しく事故発生率を下げたというスライドに切り替わったときなんて「ワーっ!!」とスタジアムの歓声みたいな効果音が添えられていて、我が耳を疑ったことは言うまでもない。最後の方は時間に押されてスライドを飛ばそうとしたんだけれども、その方法が「恐るべきマウス連打」だったので、高速で効果音が炸裂してメロディを奏でた。マリオの早送りみたいだった。「この講習、何かが違う…」そう感じた私はメモを取り出して講習の様子を書きとっていくことにした。

 

 効果音だけではない。特にアニメーションの技術には、触れておかなければならない。車道におけるハイビームと通常のライトの照射範囲について。どのように暗闇の死角が変るのかを示したものだった。

 最初は静止画だったのである。道を渡ろうとしているおばあさんが、照射範囲外にいるだけの、何の変哲もないスライドだった。一通り説明を終えたあと、なんと車は突進し、おばあさんは猛然果敢と横断しだし、衝突した。どーんという衝撃効果音がなったかと思うと、おばあさんが二次元的にスパイラルしながらスライドの外へフェードアウトしていった。これは恐るべき技術と度胸である。

 かつて私も、無意味なペーパー化に一石を投じるべく、議事録をパワーポイントでつくろうとしたことがある。クリックするごとに役職、氏名、顔写真がポップアップしてセリフ(議事内容)をしゃべっているように見せていくという愉快な議事録だ。しかし最初の数ページをつくったところで、あまりの手間とそれを回覧する勇気が湧かず、データを削除した。それを、彼らはやってのけたのだ。まさに圧巻だった。

 

 そんな度胸と、突きぬけた作成技術を持ちながらも、画面を指す支持棒は、先端が東急ハンズのマークみたいな手の形になっていて、受講者へのきめ細かい配慮が感じられた。攻守ともに完璧であると言わざるを得ない。私はひそかに「とんでもないところに来てしまったぞ…」と、メモをとるペンを強く握りしめた。