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『科挙 -中国の試験地獄-』

科挙 -中国の試験地獄-』

宮崎市定中公新書

 

  手帳を本格的に使うようになったのは、大学を卒業して試験の勉強のためだったと思います。それまではバイトの予定や友達との約束などをメモする程度でしたが、広範囲に渡る一般教養や専門試験などの授業では、取捨選択して大学で専攻していた分野や得意範囲は過去問演習にあてたほうが効率的だと判断したのです。そこでスケジュールの機能を使い始めたのがきっかけでした。

 それがいまやどうでしょう。スケジュールに備えられている24時間軸の9時ー5時間、一日24時間軸の40%弱を労働に奪われています。クッパに捕えられたピーチ姫の方がよっぽど豊かな生活を送っているのではなかろうか。そんな疑念がよぎります。

 試験さえパスすれば、安定した確かな未来が約束され、エル・カンターレアフロディーテが約束の地へ導いてくれる。そんな確信を胸に刻苦勉励していたわけですが、いまや日々、猥褻キストタイプライターと化してリビングデッドを謳歌している始末です。

 

 いまや韓国の大学受験は熾烈を極めているということは有名です。大学受験で一生が決まる。むしろ大学に入ってサムスンヒュンダイといった大きな企業に就職する。それが多くの人が望むエリートコースのようですね。僕はあまり韓国という国(韓国人とはまた別ですね)が好きではありませんが、このような苛烈な試験に向うバイタリティは見習う必要があるかと思います。バイト中に頭がピーヒャラピーヒャラな動画をとって火だるまに興じているわけにはいかないのです。

 日本で難関な資格といいますと、医師国家試験、司法試験、公認会計士試験が有名どころでしょうか。もう少しみていけば司法・行政書士弁理士政策秘書などの資格も難関に分類できるかもしれません。友人の検事は、司法試験に合格したときに、世界には色彩があることを思い出したと言っていました。白黒の文字ばっかりおいかけていたのですね。もっと色彩豊かな、綺麗な判事ベスト10とかを掲載した教材をつくったほうがよいのではないでしょうか。

 

 でもね、本書で取り扱ってる科挙試験。科挙というのは歴史の授業でほとんどの人が習っていると思いますが、中国の誇る官吏登用試験です。いまでいう国家公務員試験ですね。この試験がとんでもない。まず、ものすごくハッピーな頭脳を有していてストレートで合格していったとしても、とても長い道のりがかかる。郷試、会試、殿試のように大きく分けると3つの試験に分かれているんですが、それぞれの試験に天下一武道会みたいなノリで予選ともいえる試験がくっついています。最後の殿試は建前上、天子が行う試験ですので、必然的に都で行われることになるわけですが、もう試験会場にたどり着くまでが、三蔵法師もかくやみたいな旅路になるわけです。憶測ですが勉強は必要だけれども、勉強だけの青びょうたんは試験会場にすらたどり着けない場合もあったんではないでしょうか。

 

 試験の内容も一筋縄ではいきません。単に知識を求めるばかりでなく、回答にはきめ細かい記入のルールがあったようです。それも「書き出しは1マス下げる」とかいったレベルでなく、書き出しに適した文字、天子の漢字を使わない、書き出しのテンプレが異様に長いなど、現代だったら速攻で勉強を放棄してきれいなお姉さんたちの巣窟なお店に駆け込んで癒されるレベルです。また、漢詩をつくらせるなどセンスも問われたようで、合格に到達するまでに積み上げられるタスクは途方もなかったことでしょう。

 また、今のようにジェットストリームやスーベレーン、クルトガがあるわけではありません。水を汲んで硯で墨をすり、筆で書く。泊まり込みで行われる試験では、飯も炊かなければなりません。

 

 試験の過酷さを表すエピソードが、中国にはたくさん残っているようです。挑戦し続けたが、合格する前に老いて没してしまった人。試験でやさぐれていたところ女性にはまって盛大にレールから脱線していった人。中でも、怪談が多いということは印象に残りました。

 過去に弄んで自殺してしまった女性の霊が試験場に現われたり、善い行いをして不思議な老人が試験を助けてくれたり。勧善懲悪なテイストが多く、水戸黄門とかがでてきて懲らしめてもおかしくないレベルなのですが、真実かどうかは別として、そういった現象を多く見だすほど過酷な試験であったということでしょう。

 

 また、経費もだいぶかかるようです。試験の合格を知らせに役人が来るということなのですが、めでたい報せであるので役人に心づけを渡すというのです。現代でも諸外国ではチップを渡したりする慣習がありますので、違和感はないかもしれません。けれどそこはさすがに歴史に名を残す過酷な試験制度です。なんと心づけほしさに、役人が何度も訪れるらしいのです。そのたびに心づけを渡す。拒否ればいいじゃんとかそういう次元でもありません。お供とか引き連れて盛大に訪れていたらしく、断ったらメンツをつぶすとかそういうのです。

 

 このように試験そのものの理解も深まるのですが、補完で付されている制度に関する周辺エピソードも大変に面白いので一読の価値ありです。これを読めば、現代の軟弱な課題など記憶のかなたへ飛んで行って、結果忘れて怒られます。けれど、このような試験に果敢に挑んだその姿勢は、今の私たちに書けているハングリー精神の顕れなのかもしれません。

 ちなみに江南贡院(江蘇省)では、科挙の試験場跡が観光地となっています。

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 (百度百科より)

 

 かつて、思春期のころ。自宅に郵送されてくる進研ゼミのマンガは、絶妙な感じでBOYS BE とかサラダデイズしていて、勉強に取り組む大きなモチベーションになりました。あれから時がたった今。萌え絵とかとは真逆の、男臭い試験エピソードに励まされています。世界一過酷な試験、とは習ったものの、その実体はこの本を読むまで知りませんでした。

 とにかく切り口やテーマから、こじつけなどの力技でもこの本へ持っていくことができたなら。ビブリオバトルでは無双ツールと化すこと請け合いです。ぜひ、読んでみてください。いまの情報が氾濫して無為な時間と社会に生きる私たちに、何かを訴えかける息遣いを感じることができるでしょう。