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『空飛ぶ広報室』

空飛ぶ広報室』 有川浩幻冬舎文庫

 不慮の事故による負傷が原因で、飛行機操縦士の免許取り消し(P免)になった戦闘機パイロット空井大祐は、新人広報官として航空幕僚監部に異動する。個性的な広報室のメンバーに囲まれながら職務にあたるが、室長鷺坂の命令で、帝都テレビのディレクター稲葉リカのアテンド役を命じられる。元報道記者だった稲葉は自衛官にいい感情を持っておらず・・・

  僕の幼いころの夢は「パーマンになる」ことでした。今でこそ頭はパーマンなので一部は叶ったと言えるかもしれません。局地的過ぎる夢の叶え方でとんでもねぇ。当時は消しゴムみたいなちっちゃな道具をこねるだけでヘルメットやバッジ、空を飛ぶためのマントが出てきて、そのポータビリティと高いパフォーマンンスに心惹かれたのです。

 けれど時は経ち、今では30歳児を数年過ぎています。考え方や視点も成熟し、パーマンになるなどという子供じみた夢はいつの間にか消化されていました。いま欲しているのは大人のアイテム「ライトセーバー」です。ポータビリティからは逃れられない。

 

 「夢を持て」と大人はいいます。でもいざ大人になって周囲に目を向けると、その「夢」とやらを叶えた人ってのはごくごく少数であることを知ります。夢は持つべきだ。夢に向かって努力しなさい。その姿が美しいのです。そう教えられるし、崇高過ぎるその姿には文句も何もないのだけれど、大人たちは「夢が閉じた後の身の振り方」までは教えてくれません。これってとても残酷なことだと思うんですね。

 

 目標っていうのは、自分の能力や環境・状況などを分析することで導かれる到達点です。だから実現可能性は十分にあることが前提。対して夢っていうのは、自分の希望オンリーで環境や状況、能力度外視。ただただ、自分の希望(あるいは欲望)という唯一無二の基準から出てきます。当然、実現可能性は目標に比べて十分にあるとは言い難い。なので、夢を見つけて「しまった」人は、希望の実現に向けての大きなエネルギーを得る代償として、夢が全てになってしまいます。もし、「それがだめなら次はこれだから」なんていう代替案がすぐに出てくるようなものは、夢ではなく目標の範疇でしょう。全てを賭けてでも実現したい。それが夢だと思っています。

 

 本作ではP免(パイロット罷免)になった主人公空井と、報道記者の夢が叶わなかった、いや叶っていない稲葉の2人の出会いが主軸となっています。一見すると夢が叶わなかった者同士、とも見れるのですがそこには大きな隔たりがあります。

 稲葉はまだ努力次第で報道記者になるという夢を追いかけることができるのに対し、空井のパイロットの資格というのは求められる健康の基準がとても高く、本人が述べているように「もう手が届かない」のです。だからこそ、もう追いかけることができない青い空に絶望を見出します。歩みの止まった人生が再び動き出したのは、稲葉との出会いからでした。

 でもどうだろう。空井の夢は「戦闘機パイロットになってブルーインパルスで飛ぶこと」だった。そしてブルーへの異動内示が出たところで事故にあったのです。つかみかけてた夢がするりと抜け、二度と手に入らないところへ行ってしまう。それはあまり重く、そして残酷な夢の終わり方でしょう。

 

 実は僕の夢もパイロットでした。それなりに英語ができる大学に進学し、企業研究も怠りませんでした。英語や数学、物理の勉強をしているときは木村拓哉さん主演の「Good Luck!」や名探偵コナンの「銀翼の奇術師」のDVDを垂れ流していました。青い翼の自社養成パイロット試験を受け、あれよあれよと選考を進んでいったのですが、結果はだめでした。それ以降、空への未練とトラウマからなのか、パイロット系のドラマは一切見れなくなりました。確か堀北さんが女性パイロットのドラマか何かをしていたと思うのですが、第一話でギブでしたね。

 

 法曹を目指していた、フリーライター長嶺超輝さんが著作で書いた言葉があります。それは裁判官の「説諭」というお説教のことばから印象的な言葉を集めた本。その中に司法試験も志すも何度も落第して犯罪に走った被告に対しての言葉でした。

 

 

 

夢を諦めないことなんて簡単で、諦めることのほうがよほど難しい 

  本当にその通りだと思います。そして夢が夢である故に、諦めなければならないことの方が圧倒的に多いです。だから僕は思う。夢って残酷だ。

 

 ポジティブに考えるならば、夢が叶わないのならば考えるべきは次の一歩をどう踏み出すか。それは分かっているんだけれど、なかなか踏ん切りを付けさせてくれないのはそれが夢だから。本作では空井が稲葉と出会うことで「広報」という新しい仕事へのやりがいを見出し、再び歩きはじめる。でもそれができるのは自衛隊という特殊な仕事の環境もあるかもしれません。それが、航空幕僚監部広報室のベテラン比嘉の言葉によく顕れています。

被害の前例をつくらないと出動できないのはあまりに悲しい。被害者を実績にしないために広報活動しているんです。 

  僕たち民間人の仕事は儲けること。あわよくばそれが社会への貢献になるといいねって感じです。そして仕事の目標は「ドラマを起こさせないこと」。イレギュラーな事件が起こらず、全てを効率的に進めていくために駒が存在します。だから僕は、どんなに前を向こうとして、どんなに歩いてたとしても心のどこかに夢の傷跡を抱えていて、それが癒えることはないのでしょう。夢を叶えるまでは。

 

 夢の諦めについては、打たれ弱い豆腐メンタル言行不一致豚野郎!とかのそしりを受けると思うのですが、追い続けられる夢ってのはとてもいいものです。でもなかには追うことすらできなくなる夢ってのもあります。

 例えば公務員なんかは受験年齢に制限がありますし、法曹も一定数以上落ちれば強制退場です。パイロットもそうで、採用試験は一度しか受けれない、適性は生まれつきのもの、身体の健康基準が無慈悲というありさまです。僕はストーカーのごとく追いたいのだけど、現行の法がそれを許しません。諦めざるを得ない。けど諦められない。そんな屈強な板挟みにあって、身も心のペラッペラになってしまったのが今の僕です。

 

 やりたいことがないわけではありません。でもそのどれもが、無理やりに自分で夢の代替にしようとしているのかもしれません。僕からすれば、作家として活躍している著者の有川さんは「夢に敗れたこと」が無い側の人ですし、だからこそその苦悩なんかわからないんじゃないか、こんなに簡単に立ち直れねーんだよと反発を持ちながら読み進めていました。でも最後にこう、考えさせられるんですね。

 

 「あの日の松島」。こちらに来てから何度か松島には足を運びました。活気があり、風景もきれいでとてもいいところです。でもそれは復興した松島の風景。3.11の東日本大震災では、甚大な被害を受けました。ブルーインパルスが所属している松島基地も例外ではなかったのです。

 あの震災では理不尽に多くの命が失われました。中には夢を追っている人も、掴んで叶えた人も、こからみつけるはずだった幼い子もいたはずです。その誰もが、不意に命を奪われてしまったのです。空井たち自衛官の思いとその奮闘ぶりはぜひ、本作の「あの日の松島」を読んでいただきたいと思います。そこには夢とはまた別の、「使命」という大きなエネルギー源があることが伺えます。できるならば、そんな全身全霊を賭けるだけのやりがいを見出せる仕事をしたいものです。

 

 夢なんて、と腐れることすら叶わずにこの世を去ってしまった人たちが大勢います。その人たちからすれば、夢に一喜一憂できるのも生きていればこそ、です。

 だから結局、僕らは夢が叶わなかったとしても、それを常に不満に思いながらでも、生きて行かなければなりません。つまらない、苦しい、後悔、やり直したい。そう思うこともすべてを受け入れて。

 叶わなかった夢のその痛みさえも、生きていることの証なのだから。