いろは。

手帳・文具中心の雑記系ウェブログ。

なぜ、いまアナログなのか

 深夜のテンションという、謎のモチベーションによって記事の更新に踏み切った僕。このブログをシステム手帳の牙城とすべく、空の飛び方とか頭のおかしい記事だけでなく、真面目な考察も書いておかなければならない。

 なぜ、いまアナログへの回帰が起こっているのか。その現状を考察してみた。

  いろんなビジネス雑誌で、手帳やノートの特集を目にすることが多くなった。なぜ、いまアナログへの回帰が起こっているのだろうか。このアナログ回帰の背景を紐解くことは、これからの手帳運用に大きく貢献するという意味でも決して無駄ではないだろう。

 

デジタル進化という土壌

 アナログへの回帰という現状は、裏返せばデジタルが台頭していたことになる。たしかにiphoneを皮切りにスマホが普及し、タブレット端末を持っている人も珍しくない。

 スマホの普及によって、気軽にいつでもどこでもアプリケーションが利用できる環境が構築された。

 

 メモやノートも例に漏れず、その手のアプリは無数にある。またクラウドと連携することによりいつでも膨大なデータベースの中から必要な情報が取り出せるようになった。その意味では、メモやノート、スケジュール管理などはもはやデジタルに勝てる見込みがなくなったかに思えた。

 

 しかし、デジタル、ITの台頭により思わぬ作用が働く結果となった。デジタルが携帯電話と同じように気軽に利用できることで、アナログとの比較が可能になったのである。デジタル・ITが充実した環境が作り上げたことで、アナログにしかないメリットの輪郭が浮き彫りになる結果となった。

 

東日本大震災

 未曾有の被害をもたらした、東日本大震災。この災害ではSNSの役割が見直された反面、その脆弱性も露見した。

 

情報バイアス

 一つは情報バイアスの問題。SNSの有益な事例がクローズアップされたが、その裏では悪質なデマがSNSによって拡散されるなど、情報リテラシーの問題が露見した。そもそもスマホの普及によって、十分にリテラシーを持ち合わせていない年代にまでその情報環境が普及したことを私たちは見落としていたのだ。

 

 また、有益な情報を、どう活用するよしもないゴミのような情報が覆ったことも問題となった。mixiでは「手をつなごう」というハンドルネームの両端に記号を当て、手をつないでいるかのように見えることから、それで被災地を励まそうとゆう動きが若年層から起こった。その結果、給水所や配給の情報などよりもこの主旨がよくわからないキャンペーンの宣伝ばかりが蔓延する結果となった。

 

 一方、被災地への寄付金を巡っては、ユニセフ日本ユニセフの関係性、人件費の中抜きなどが論争の中心となり、もはや被災者たちは置き去りとなって、マスコミの姿勢やCMの不謹慎さなどが取りざたされるようになった。必要とされた情報は、もっと他にあったのである。

 

 さまざまな情報バイアスと低い情報リテラシーが絡み合い、結果、ITによる情報は周囲の環境からの干渉を受けざるを得なくなっていた。

 

インフラ

 確かに使い方によっては非常に便利である。ただし、それらは正常に端末などを利用できる環境にあってのことだ。

 津波はすべてを押し流した。そこでは、情報と端末をつなぐインフラがまともに機能しなかった地域が圧倒的に多かった。電源の問題などでわかるよう、バッテリーが尽きてしまえば、もはや文字通り文鎮と化してしまうのである。

 「いざというときに確実に頼りになる」というアナログの強さが認識されたという意味では、大きな転換期であったように思う。

 

 

働くことの変化

 「マニュアル人間」という言葉があらわす通り、一時期、働くということは規則やマニュアルに則って業務を遂行することだった。

 しかし、ITの発展により、株や外貨のトレードで巨万の富を生み出す層が現れたり、またSNSや動画サイトの台頭によってマーケティングの土壌も大きく変質した。これまでは組織からはみ出さず、一定の役割をこなすだけでよかったものが、時代の先を読んで「考動」することが求められるようになったのだ。

 

 それまでの働き方では、現状を確実に維持して抜け・漏れのないメモでこと足りた。しかし、それだけでは到底、競争相手を出し抜いて利益につながることが難しくなったことは論を待たない。企業は生き残りをかけて、働く人材に対して新たな価値観を求めるようになった。

 その段階においては、メモだけでは実現が難しい。人は現状を維持するスキルに加え、新たな価値を生み出すことを求められた。そのためには、デジタルでは役不足だったのである。そして、アイデアの発想法や、問題解決の手法、思考のフレームワークなどが注目を浴びることになっていく。

 

「書く」という行為

 アナログは、起動の時間を要しない。また、ペンと紙を使えば自由にアイデアを描き出せる。それは大きな強みだった。

 何かアイデアを考えるとき。人は無意味なことでもひたすら紙に書き、手を動かしながら考える。トライ&エラーを繰り返しながら、実現可能なアイデアに近づいていくことを私たちは知っている。しかし、デジタルはすでに完成されたアイデアを確実に保存するためのものだった。このギャップが、アナログのメリットへ注目するきっかけとなった。

 

 アイデアを保存するだけならば、カメラやワードなどのアプリケーションで十分だ。しかし、そのアイデアを生み出すにはアナログの力を借りることが最も近道だということを、デジタルの進化によって私たちは認識させられたのだ。

 こうして創造と保存とを、視点を切り替えて見直していくことがスタンダードとなってきた。

 

アナログのフルスロットル

 そして、アナログの強みを最大限に活用した「マインドマップ」が輸入された。たしかにマインドマップを作成するアプリもあるが、実際に書いてみるとその差は雲泥のそれだ。

 色を自由に選び、自分にとって分かりやすい関連性をつけ、自分なりの感性でイラストなどを追加していく。これによって脳の大部分を刺激し、いろんな方向からその情報を定着させていくのである。

 一方、デジタルにはそこまでの利便性はない。まるでカードを並び替えるように、決められた一定の範囲内で関連付け、マップを作成していく。しかし、おなじようなものができたとしても、実際にイメージや手を動かす動作を伴って作成されたマインドマップには敵わない。

 

おわりに

 まだまだ書きたいことはたくさんあるが、それは日を改めてまた書こうと思う。アナログの良さが見直されてるいま、手帳やノートを趣味とする人々がでてきたのも当然の流れだろう。ITの進化なくして、私たちはスタンダードであったアナログのメリットなど考えもしなかったのだ。

 そのメリットが少しずつ明らかになってきたいま、もう一度、人生を豊かにできる可能性のあるスキルとして、アナログの活用を磨くべきだろう。いつでも確実にできるデータベース。手帳にしろ、ノートにしろ、メモにしろ。それは活用次第で、まだまだ大きな可能性を秘めているのだから。