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いろは。

手帳・文具中心の雑記系ウェブログ。

ケータイブログ

   一時期流行った『ケータイ小説』というジャンルがある。縄文人が使ってそうな記号を文字に見立てたというまんま象形文字や、脳みその大きさに比例してそうな小文字を多用し、これでもかと改行を埋め込んで内容を薄めまくった文学ジャンルだ。

 

 

  そしてその内容はというと、自分のことを「ウチ」とかいってそうな可憐な少女が、恋愛に翻弄された挙句に恋人を病にさらわれそうになったりして、悲劇の結末をえいやぁとぶつけて、読む若い人々の泪をさらっていくのである。

   ケータイ小説のはしりであった『恋空』は、漫画家、映画化とあらゆるメディアミックスを展開した。最後の方は病気でこの世を去ってしまった彼氏が、巨万の富を生んだ。作者はいまごろ、新しい恋人と印税生活を送っているのではないだろうか。ぶっちゃけ羨ましい。

 

  柳の下にたむろしたどじょうをいっきにすくい上げるべく、ケータイ小説界に殴り込みをかけようかと思い至った。そのためにはケータイ、ないしスマホで人々を感動の渦へと突き落とす物語を書かなければならない。しかしそこに大きな問題が立ちはだかる。

  そもそも人様に披露できるような感動の経験が皆無なのだ。過去の失恋歴を事細かに書いていけば、このブログが夕飯のおかずになるだろう。読んだ人に笑顔が増え、私からは笑顔が消えていく。スマイルもまたゼロサムゲームなのだ。

 

   ケータイからブログを更新できると、私にも実益がある。それは、どこからどうみても仕事中な時間にしこしことテキストを書かなくて済むということだ。

  業界の専門的な記事を書いていれば、まだレポートなどの言い訳が立つ。しかし残念ながら私の業界を巡る知識の中に「おっぱい」などということば含まれていない。佐々木恵さんなる人物も、全く関係がない。

   つまり職務に何ら資することのないテキストを、スマホで書くことができれば更新の幅が広がるのである。

   電車の中で記事を打ち、「これで更新の幅が広がった。ポメラなんかもういらないぞ」とつぶやいてみるが、更新の幅ばかりがひろがり、私という人間はまったく広がっていないことに気づく。

 

   新幹線の中、トイレを開けたらいち早くべんきが反応してカバーが開いた。こんなに素直に受け入れてもらえたのはいつぶりの体験だろうか。もはや座席からぽろっとおもむろに出して飛び込んでも用を足せる反応速度だった。あまりに敏感な反応で、便器を立った際には軽くカバーに挟まれた。持っていた文庫本を落としそうになった。お隣の国で戦争が起きそうな今、私の下半身もまた新幹線の中でえらいことになっていたのである。

 

   こうして1日を振り返りながらブログを書いていて、そのハイライトが「新幹線の便座に襲われた」ということしかなかった1日に暗澹とした気分になる。

  人生は有限だ。私が生きていられるのも限られた時間だ。その限られた時間で、唸る大金を生み出す恋愛に没頭している人もいれば、私みたいに人生の時間を丹念に削って、ドブへ投げつけるものもいる。

 

  1日の大逆転をかけてコンビニに入った。せめて可愛い店員さんで目の保養でもせねば、このような生活、長くは持たない。中にはナニワ金融にいそうなおっさん二人が、サンドイッチを品出ししていた。弁当と生ハムを買って、涙を飲みつつ店を後にした。

  せめて明日は、今日よりほんの少しでもいい日になるといいな。