いろは。

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電子書籍のジレンマ

本を読んできた。それこそ漫画、文学、ライトノベル、洋書、ミステリ、SF、新書などジャンルを問わず読んできた。これまでの読書遍歴を辿ると主に卑猥な図書が多い。

 

 

やがて古今東西の、主に性的な分野で博覧強記の高みに上り詰め、このままではあまりに高くていまさら怖くて降りるに降りれず、猥褻な妄想がルックスに滲み出て職務質問のかっこうのまとになり果てる。そんなときに電子書籍が登場した。

この電子書籍は出版業界の黒船的な扱いを受けていたが、さほど普及しているとは言い難い。エロテロリスト、エロ黒船として恐れおののかれたインリンオブジョイトイほどのインパクトには未だ及んでいない。

 

今回この先に電子書籍が普及するための方向性を考えてみたい。誰からも求められていない警鐘を、私はエレクトリカルパレードもかくやといった勢いで、一人ガンガン鳴らして回る。たとえそれが迷惑であろうとも!

 

紙、電子問わず書物が勃興すれば、これから先、あらたな世界が切り開かれることになる。そうなれば世間の、主に男性の下半身的な局所的部位を熱狂の渦に巻き込んだ「寝取られ」など比にならぬ世界が発見されるかもしれない。違うところも勃興する。性的コロンブスとなりあらたな大陸を発見すべく、日夜ピストン運動に余念のない賢者候補生たちも期待大きく見守るに違いない。

 

電子書籍の最大のメリットは、スペースを取らずに大量の書籍を手軽に持ち運べることだ。これは大きなメリットであるが、同時に致命的な欠陥もある。電源だ。

フロイトは性に向ける精神的エネルギーをリビドーとしたが、リビドーはあくまで内面的なエネルギーであり、ビタイチ現実世界に影響を及ぼさない。電子書籍のバッテリーが尽きたとき、並々ならぬリビドーもなんの役にも立たない。電源がなければ読めないというのは本読みにとって致命的である。

 

また、電子データは劣化しないだけにコレクターズ欲を刺激しない。私はお気に入りの作家の文化を2冊3冊と持っている。表紙が版を改める際にリニューアルされるのである。ところがこれを電子書籍でやると、全く所有している実感がわかない。

 

アナログの利点に、現代の技術が追いついていない。この点を出版業界は強く認識すべきだ。アナログとデジタル、対極にある二者が、ある点においてデジタル、アナログ故の利点を越えようと思ってもそれは前提が異なるため難しい。なれば違ったフィールドで勝負するしかない。しかし現状、電子書籍は戦略など二の次でゴリ押しの一手である。告ハラなるハラスメントが話題になったが、消費者の声を無視した業界のトレンドの押し付けもまたハラスメントであろう。

 

電子書籍と書籍、両方を利用する者としての私の目から見てみたい。好きな本がある。しかし全巻を持ち歩くにはいささかボディービルを要する。しかしボディビっても持ち歩きたい。

そうすると、電子と紙、両方買うのである。もうほんと勘弁してほしい。

 

ほんとにいい作品ならば、再度お金を出しても紙媒体を買って、半永久的に所有したくなる。電子書籍はあくまでデータのレンタルであり、他の財産となる紙媒体には遠く及ばない。

この両者が共存していくにはいかにすべきか。電子書籍の大幅な値下げしかないだろう。安価にすることで購入の敷居が下がり、幅広い層に作品を手にとってもらえれる。作品に心打たれれば、紙媒体購入に走ることだろう。現状、電子書籍で買うメリットがほとんどない。

 

創作の第一ハードルは、まず認知してもらうことだ。色んな人に気軽に呼んでもらい、はば広く認知されるとより広いピラミッドの土台が築かれる。その上にこそ、大きな売り上げがのる。作り手はそこで消費者を引き込むべく、表現を磨く。そうしてコンテンツそのものも成長していく。

 

逆方向もありえる。すでに本を持っている人が持ち歩きのために電子書籍で購入する場合だ。持ち歩いていつでも読みたいがために電子データも購入する。今のままでは、紙でもっていれば、さらに倍のお金がかかる電子書籍を購入する契機がない。

 

打開すはためのヒントは、いつも消費者の声にある。卑猥図書で言えばビジュアル、音声を付したDVDまで付録としてついている。ここで本気で取り組まねば、電子書籍はすでに紙媒体にとっている遅れを覆せない。いまいちど、消費者の声に耳を傾けてはどうか。