大学生の頃、友人の浮気がばれて修羅場になり、もはや二人の関係はブレスOF虫な雰囲気がむんむんと立ち込めていた。居酒屋で彼は言った。
「だってさ、家に帰ってさ、すごいタイプの人がシャワー浴びてたらどうする?男なら流されちゃうだろ?」
そもそも彼は、そんな行き当たりばったりで、スカイツリーからぼたもちみたいな浮気に走ったのではない。用意周到に堀を埋め、背後から漬物石か何かで殴打するような仕留め方であったので「家でいきなり美女がシャワー浴びてたらどうする?」などとアリストテレス的なことを聞かれても答えに窮する。
まずは玄関を携帯のカメラで撮りつつ、やっと家に着いた。体調が悪い。本日はもう倒れて寝るといった旨のメールを恋人に送り、それから逆にへし折って家に突入する。これくらいのことはして然るべきだろう。思考が感情に引っ張られてはならない。
私はそう答えた。
私はなぜこれほどまでに冷静な思考を働かせることができるのか。それは経験に他ならず、「やましいことがないなら携帯見せて。メール見せて」といった無慈悲な彼女の、まるで「これは禅問答か何かか?」と錯覚してしまうような窮地立ったことがあるからだ。
私は悲しかった。なぜ、信頼を置いて交際している相手のことを信じられないのか。なぜ人間はどこまで行ってもお互いを疑うのだろう。所詮、信頼などということは辞書の中にしか存在しないのではないか。これまで積み重ねてきた二人の共に過ごしてきた時間はなんだったのか。瞬間、悲しみが怒りに変わった。
「そんなに俺のことが信用できないのかー!!」(バキッ!!)
懐かしい話です。当時、二つ折りの携帯が主流だったころ、日本の技術立国の名はダテではありませんでした。携帯は2つのパーツに分かれたかに見えましたが、なんだか緑色の回路シートみたいなものが割れずに、首の皮一枚的な雰囲気でつながってしました。その結果、胴体の部分で操作すると、ディスプレイが素直に動くではないですか。
まさにピンチ時に閃光のごとく舞い降りた私の機転でしたが、技術にはかないませんでした。とはいえ、なぜに私は修羅場であっても、冷静に思考を働かせることができたのでしょうか。その秘密は、長年愛用しているシステム手帳にあるのです。
これから数回に分けて「システム手帳論考」として、システム手帳の初歩の初歩から応用まで、記事にて解説したいと思います。
システム手帳って?
システム手帳とは、本体がバインダーの仕組みを持ち、リフィルと呼ばれる用紙部分が交換可能なもののことです。交換可能とは、入れ替えることもできますし、並び替えることもできるのが大きな特徴です。
▲一般的なシステム手帳のバインダー(ダ・ヴィンチ ジャストリフィルサイズ ポケットシステム手帳)
普通、手帳と言えば同じ商品でページのレイアウトや構成は統一されています。しかし、写真でも分かる通り、システム手帳は「手帳」というバインダーボックスがあるだけの状態。
この中に、ノートだったり方眼紙だったりスケジューラーだったりの用紙リフィルを、自分でセレクトして綴じて手帳を造りあげていくのです。
しかも、綴じ込められるものは用紙リフィルだけではありません。定規やジッパーケース、カードホルダー、ビニルポケットなどツールリフィルのラインナップも充実しています。
さらに言ってしまえば、リングに合わせた穴さえ開けられるならばなんだって綴じ込んでしまえます。遊び心あふれたとトイボックス(おもちゃ箱)が、システム手帳のバインダーなのです。
システム手帳の魅力
遊び心あふれるシステム手帳ですが、他にも魅力は満載です。
自分専用の思考ツール
自分の脳を他人に預ける、なんてことはふつうできません。私の性癖から秘密、恥ずかしいことまでを知人に知られたら私は可及的速やかに身を投げなければなりません。
けれどシステム手帳は黙って、そして確実に私たちの脳にある思考全てを受け入れてくれ、むやみに他人へ吹聴することもありません。
また、自分専用という点も大きな魅力の一つでしょう。万年筆は、使えば使うほどペン先が持ち主の書き癖に合わせて摩耗していき、持ち主にとってだけ書き味が抜群によいペンへと育っていきます。
システム手帳も同じで、自由にリフィルを追加し、並べ替えることで、持ち主の情報の優先度を学習して、使い勝手のいい手帳へ成長していくのです。きっと私のシステム手帳を他の人が使えば、使いにくく感じるでしょう。しかし、今の私にとってはベストな姿なのです。
長い歳月を共に過ごす
システム手帳はリフィルさえ入れ替えれば、いつまででも使えます。綴じ手帳であれば、年度なり年が変われば新しいものを用意して、真っさらな手帳がやってきます。
それはそれでひとつの魅力なのだと思いますが、一つのツールを長く使い込むことで愛着はさらに湧いてくるもの。長い歳月を共に過ごすことで、システム手帳は持ち主のライフスタイルを学び、それに合わせて姿を変え、成長していきます。そんなペットにも似た愛おしさがあるのは、毎年毎年、買い替えること無く使い込めるからこそではないでしょうか。
人間で例えると、人生の伴侶が毎年変わるなどとんでもないことです。手帳と人とを混同するな、という真っ当な意見もありますが、そんな真っ当な人間はシステム手帳についてこんな長文変態テキストを記事にしたりしないでしょう。
使い込みの美学
私は、マスキングテープやイラスト描写なども全て含めた上で、
最高のカスタマイズは「使い込むこと」である
という持論を持っています。これはトラベラーズノートに影響を受けて至ったのですが、使い込むことでしか出せない色っぽさがあるのです。
▲Twitterで反響の多かったヌメ革の経年変化。2つも同じ商品で、左が新品、右が一定期間使用後。
使い込むことで、世界にただ一つの手帳が創り上げられていきます。その楽しさをぜひ味わってください。
常にアップデートでスタンバイ
情報は常に更新されるもので流動的です。一度書き込んだものは更新できませんが、システム手帳はリフィルの交換をもって情報をアップデートできます。
また、中にはいらなくなる情報もあります。そんなときはリフィルを破いて丸めて捨てればいいのです。そして、優先度でも興味がある順位にでもいいので並べ変える。
常に持ち歩いて使い続けることで、絶えずシステム手帳は持ち主に合わせて進化し続けます。こんな魅力的なツール、使わない手はありません。
飛びだす個性
手帳の魅力は側面に表れます。綴じ手帳であれば、同じ手帳を使っている人は、同じレイアウト、同じ構成の紙をどう使っているかというところが個性です。
けれどシステム手帳の場合は、同じバインダーを使っていても何が飛び出てくるかは分かりません。私の手帳にはジッパーケースに森永チョコボールの「銀のエンゼルが5枚」収められています。つまりおもちゃのカンヅメがいつでも取り寄せられるわけです。他にも、個人的なマル秘リスト、雑誌のスクラップ、仕事の資料、などいろんなものが綴じてあります。
リフィルの側面は擦れてエッジが柔らかくなり、なにやらわからないものがたくさん綴じてある。そんな側面を見るとわくわくしてきませんか?
私がシステム手帳をすすめた友人は、無数の春画をプリントアウトして、簡単な解説を書き込んでシステム手帳に綴じこんでいました。こういう卑猥図書館な使い方ももちろんありでしょう。しかし、システム手帳は持ち主の個性も映し出しますので、「お前の個性は卑猥一色でいいのか?」とは問いたくなります。
情報の引継ぎ
綴じ手帳は個性的で便利なレイアウトが充実している反面、時期がくれば新しいものに取り換えなければなりません。
しかし、私たちをとりまく「情報」は、その時期にピタリと更地に戻せるようなものではないはずです。例えば、本の中で巡り合った名言、友人からもらった嬉しいメール、実利的なアドレス帳など。これらは、手帳を移る際に移植作業を強いられます。
システム手帳はこのような作業を要せず、必要な情報はいつまでも保存しておけるのです。
システム手帳に全てを集約する
システム手帳の魅力は端的に言うと、なんでも保存してくれる、いつまでも(年度が変わろうが)保存してくれるの2つです。それはつまり、
全ての情報をシステム手帳に集約することができる
ということです。
私たちを取り巻く情報の方向は、大きくわけて3方向×2次元の6通り存在します。3方向は現在(メモ)・過去(ライフログ)・未来(スケジュール)、2次元はフォーマルとプライベートです。それぞれにあわせて手帳を使うとなると、既に手に余る状態になってしまうことは明白です。
例えば、スケジュールの記入にしてもプライベートと仕事で色分けする方法があります。では、会社の部活で行く旅行、友人の会社へ営業しに行く、同僚とのマーケット調査、自主的に参加するセミナーなどを考えてみたとき、明白にどちらかに分けることができるでしょうか。
情報を扱うときもっとも注意しなければならないのは、全ての情報にスムーズにアクセスできることです。『あれはどこに書いてたっけ?』などという事態は避けなければなりません。
そもそも、プライベートであろうが仕事であろうが、「私にとっての人生におけるToDoリスト」であることに変わりはないのです。
すべての情報にアクセスできる環境は、システム手帳に全てを集約することで可能になります。詳しくは後に掲載予定の運用で詳しく延べますが、
このシステム手帳さえ見れば全てが分かる
に、ほぼ近い状態をつくっておくことがベストで、それを実現しうるはシステム手帳なのです。もともとシステム手帳は、軍事の情報管理のために生み出されたツールなので、情報の取り回しには長けていることは豆知識として知っておくとよいかと思います。
システム手帳という無限の沼
システム手帳の魅力は強烈な個性すらも写し取ってくれるところにありますが、そこには無限に広がる沼が広がっています。一見、バインダーさえ死ぬほど悩めば、あとは気軽に使えそうな気もします。
しかし、その情報の取り回しの自由さ、なんでも綴じこめるという懐の深さによって生み出される「運用の沼」が待ち構えているのです。日々、情報の扱い方については、GTD、ゼロベース思考、バレットジャーナル、マインドマップなどなど様々な手法が生み出されています。しかし、それらすらもシステム手帳は取り込んでしまうのです。
もう私はこの沼からはい上がることを諦めて、バタフライででも泳ぎ回ろうと思っているところです。思えば小学校の頃の水泳大会。25m自由形リレーで、クロールが早くてクラス代表に選抜されたM川君という同級生が、有無を言わさぬバタフライ泳法を見せつけ順位を圧倒的に落としたことがありました。
「自由だからなんで泳いだっていいんじゃない?」
という彼の自由さは、今現在でもSNSで如何なく発揮されています。周りの友人たちはそんな彼に一目というか距離も置いているのですが、そんな発想を従順に受け入れてくれるシステム手帳を使ってみませんか?
次回「システム手帳論考2」では、システム手帳を選ぶ際に気をつけるポイントをまとめようと思います。