いろは。

手帳・文具中心の雑記系ウェブログ。

システム手帳とBullet Journal

 システム手帳は広がってほしいと思うけど、そのために他の手帳類を乏しめるようなことはしたくない。けれど、告白すると中々相容れない、共感することが難しいのが「見せるための手帳」だったりする。

  使い込んだ手帳やそのページはとても魅力的なんだけれど、それが「人に見せるために」書き込まれたページを見た途端、外聞のみを徹底的に配慮したその紙に魅力を感じなくなってしまう。

 

 そこには人にさらけ出していいと判断した情報しか表示されていない。その人の本音や本当の意味でのライフログは一切刻まれていない。要するに、わざわざ手帳を使う意味が分からない。スケッチブックやクロッキー帳でも、むしろそのほうが容量も大きく十分に事足りるのだから、無理して手帳を使わなくてもと思ってしまう。

 

 それはでもま、個人的な価値観や自由な使いかたなのでご自由にとしか言いようがなく、手帳好きの中でも割れるところだと思う。棲み分けによってどれだけでも解決できる問題なので、このほど「#シス手研」というタグを使い、システム手帳の情報集約を試みた。

 

 このタグはシステム手帳の皆さんの使い方を集約して情報共有するとともに、その魅力を拡げていくための試みだ。その中で気になっていた手帳術が「Bullet Journal」だった。

 

Bullet Journal

 まず最初に感じたのは違和感だった。Bulletとは弾丸の意味で、箇条書きの頭に付す・(中点)が弾痕に似ていることから、「ブレット形式=箇条書き形式」とDTP関係では教わっていた。由来は諸説あるのだと思う。

 しかし、検索してでてきたものは本来の意味する「箇条書き日誌」とはまったく違う、相当に書き込まれたノートだった。

 

 KEYと呼ばれるマークを付して、ページ番号を振り、インデックスに記入していく。一冊でかしこく管理。すべてを1冊にまとめるオシャレな手作り手帳。好きな項目をどんどん足していき、その都度、目次ページに追加する。

 バレットジャーナルの最大の特徴はここです。好きな項目を自由に追加できます。

 「これなら入れ替えできて追加も自由なシステム手帳にすればいいのに」

そう思ったのが第一印象で、それが変わることはなかった。

 

致命的な誤り

 それをそのままTwitterでつぶやいたところ、フォロワーさんから指摘されたことがあり、深く調べてみた。

 

blog.evernote.com

 

 バレットジャーナルの考案者、Ryder氏の記事だ。内容からいくつか引用してみたい。

 

I had a learning disability that did not allow me to focus very well.  

  僕には学習障害があって、うまく集中できなかった。

 

I had short bursts of very intense focus, so I had to figure out a way to capture things very quickly. 

     集中力がほんの一瞬しかもたない、だからものごとはとても素早くおわらせなくちゃいけない。

 

 つまり、これがバレットジャーナルが生み出された背景だったのだ。ちなみに、同記事の中でRyder氏は、バレットジャーナルを「アイデアを捉えるためのフレームワーク」として、その内訳を

1.迅速なロギング

2.モジュール(インデックスページによってエントリのタイトルを追える構成)

3.月間ログ

4.移行

 であるとしている。

 

 このバレットジャーナルによって、学習障害を克服し、自分をマネジメントできていると語っている。自分の障害と向き合いながら生み出された手法だったのだ。

 

バレットジャーナルと似て非なるもの

 しかし、今のSNSで見られるバレットジャーナルは似て非なるものが大多数だ。それこそ、ものすごく描き込んだカレンダーやイラストで、「どのページをめくっても見栄えがすごくいい1冊のノート」が出てくる。

 そこに考案者のRyder氏が求めたものはない。そもそも「システム手帳使った方がいいだろ」の一言で終わってしまう代物になっているわけだ。

 

 本来のバレットジャーナルは、システム手帳の効率さよりも圧倒的に「瞬間的な集中力だけで、全体のスケジュールをマネジメントする」という点に重きが置かれている。さきほど述べたRyder氏の学習障害との向き合いから生み出された手法であるので、この点こそがバレットジャーナルの本質に他ならない。

 

 すくなくとも、僕がツイートした「システム手帳使った方が便利じゃん」というのは、バレットジャーナルの主旨を曲解していたからに他ならない。このような誤解は大きく広がっていても不思議ではない。

 本来の主旨を理解していれば、そもそも求める機能がことなるシステム手帳とバレットジャーナルの比較そのものがナンセンスだと言わざるを得ない。自分の過ちを悔いる物です。申し訳ない。

 

さいごに

 いまSNSで独り歩きしているバレットジャーナルは、そのような本質はほとんど含まず、全く別物の進化を遂げている。

 あまりに別物過ぎて、「バレットジャーナル」の名前を使わない方がいいんじゃないだろうか。興味をもった人が調べてみても、主旨を置き去りにした説明や「作品」しか出てこないのが現状なのだから。

 

 かつて、東日本大震災のとき。SNS上は、悪意のない善意のツイートで溢れかえった。けれど現実は「情報のゴミ」でしかなかった。あまりのノイズに、給水所、配給の情報など必要な情報が必要な人へ届かないという事態に陥っていた。

 

 バレットジャーナルも、一つのシステムとして求めている人がいて。それによって救われる人がいるのではないだろうか。

 だからこそ、バレットジャーナルの名前を使うのならば、その本来の主旨と使い方も忘れずに広めてもらいたい。

 たとえ、どのような「作品」をネットにあげるにしても。

 その名を冠す以上、自分の障害と向き合い続けた一人の男がいたのだから。

 

 

※12/13 13:54 追記

 バレットジャーナルがその自由度ゆえにコミュニティで発展してきたという経緯があるというのは記事でも理解しましたし、その発展はけっこうなことだと思います。

 かけ離れたものになっていくか発展していくかの違いは、本義を見失っているか形を変えても捉えているか。現状、私の言うかけはなれたものがバレットジャーナルとしてたくさんありますので、私のような誤解が増えぬよう、これからの発展を祈ります。