いろは。

手帳・文具中心の雑記系ウェブログ。

手帳とタイムマシーン

 朝。早くもレッドブルから授かった翼は折れ、デスクにて一人タイタニックな様相を呈しながら沈没していった。光も仕事もToDooも届かない、深い深いところに私はいた。

  鎮痛な面持で、「今日はシュレッダーの妖精になって、ちぎれゆく紙に思いを馳せよう」という方針を打ち出して部署に発布したのだけれど、ことごとく却下されてしまい憤慨した。それどころか、社畜マインドを刺激したらしく、ごちゃごちゃした仕事までおまけについてきた。断言しておこう。私は仕事にストーキングされている。

 

 とはいえ、私も生活費、生涯保障、年金、金融系における信用などありとあらゆる経済的人質を会社に握られている身だ。病めるときも、健やかなときも。絶好調なときもそうでないときも、私は働かされる。そんなとき、全力で顔を背けたくなるような進行中の案件や、この世に誕生するときをいまかいまかと待ちわびる資料たちのリストを抱えた手帳は、そっとカバンの中にしまっておきたくなる。

 大事なのはわかる、けどそれは今じゃない!と言いたくなるときがある。ノーダメージの状態のマリオに対し、「救ってやるよ」とでも言いたげな上から目線でやってくるキノコとか見たときも「大事だけど、必要なのは今じゃない!」と叫びたくなるあの気持ち。ビジネスマンという名の「弱み会社に握られてますマン」にとって、手帳の中には、常に激熱の物件がひしめいている。とんでもない爆弾だ。

 

 ところで、物件というと一つの目安に「駅まで〇分」という標記がある。確か分速〇mとか統一の基準があっての徒歩所要時間の標記だったと記憶しているけれど、はっきり思い出せない時点で万人に共通するものさしとして機能しているとは思えない。

 この目安も、覇気のないサラリーマンの徒歩と、脳筋マンの力強い歩みでは時間に大きな差が生じるのではないか?といつも思う。人間の能力は、すなわり個人の能力のことだ。計算が得意な人もいれば、クリエイティブなことに長けた人もおり、他人を陥れることに関しては異常な才能を発揮する人など種々様々。ために、コンピュータのようにメモリで表して画一的に比較することはできない。

 そんな当たり前の論調に待ったをかけるように、私の上司は「この仕事を〇〇までに」と振ってくる。愛用の手帳の負担を減らそうと私が仕事から逃げているのに、だ。またこの期限がひどい。私の頭の中にスナップドラゴンでも詰まってると思っているんじゃなかろうか。無慈悲な仕事割振りマシーンとしてフル稼働されて迷惑極まりないのだけれど、それが管理職ってものだから許してあげることにする。

 

 シュレッダーの妖精たることを断念した私だけれども、どうも手帳を遠ざけたい。もちろん便利だし、必要に迫られて開きもする。でも、なんだかいつもと違う雰囲気なのである。それは仕事に対するモチベーション的なものも大いに関係しているに違いない。

 どんなに愛し合っている関係でも、毎日会っていればたまには顔も見たくない日がやってくる。しかも、それには特に理由がなかったりするからタチが悪い。

 「他に好きな人ができたの…」という理不尽大王みたいなフレーズでフラたことはないだろうか?漫画やドラマであれば、自分のどこが恋人を捕まえていられなかったのか。その原因を探して思い当り、猛省し、人間としての器が上がる。

 しかし現実は違う。冷めきっているならまだしも、恋愛にのぼせている真っ最中にこんな言葉を言われた日には、サイババと化して、手から粉とか出しながらシャクティーパットをかつての恋人に喰らわせたくなるに違いない。対して手帳は、物言わぬサンドバッグのように全てを受け止めてくれるので、距離を置きたいときには大いに置くべきだと私は思う。長く使い続けるためには、距離を置きたいときに置き、戻りたいときに戻れる。人間で言えば性のただれたような関係だけれども、ツールとしてはこれ以上ない関係だと言えないだろうか。

 そういう意味で言うと、距離を置こうとすると強いプレッシャーをかけてくる1日1pの「ほぼ日」なんかは、束縛が強い手帳。「トラベラーズノート」はヒモ、「ジブン手帳」・「システム手帳」は意識高い系なイメージだったりする。そこまでして、色んな手帳を使い続けることが大事なのだと、なぜ思うのだろうか。

 

 親の教育というのはとても有効なのに、ただ一つだけ致命的な欠陥がある。それは「その大切さは、年をとって大人にならないと分からない」という点だ。例えば、どこかの保険のCMみたいに、未来からきた自分の忠告ならば素直に聞くだろう。親の小言や教育もその延長なのだけど、私たちは若さゆえにかそれに耳を傾けようとはしてこなかった。

 

 未来から過去へは遡れない。しかし、過去から未来へメッセージを保存することはできる。では、未来からの自分とは逆に、過去の自分から自分への忠告であればどうだろうか?

 その問いの答えにこそ、私たちが日々手帳を使う理由があるように思う。

 そして明日こそは、シュレッダーの妖精となってオフィスに華を添えよう。