いろは。

手帳・文具中心の雑記系ウェブログ。

追記。手帳界隈についてと助言。

 誰しも夢を叶えたいと願うのは自然なことだと思う。叶えたい夢があるからこそ先の見えない不安な未来も生きていけるし、新しいことに取り組む活力も湧く。夢や希望がなければ、私たちの人生はただ細胞分裂が限界を迎えてタンパク質のかたまりになるまでの暇つぶしでしかないような気がする。

  では、いったいどうすれば夢は叶えられるんだろうか? 陳腐な言い方になるけれど、この方法は唯一にして絶対。叶うまで自分でトライ&エラーを繰り返すしかないように思う。タチが悪いのは、ごくごくまれに棚からぼた餅で叶えてしまう人がいるということだ。しかし、奇跡を待つことほど時間の浪費はないと思う。待つくらいなら失敗を一つでも重ねた方が、夢の実現に大きく近づいていく。

 

 そういったとき、手帳は試行錯誤を試す手助けをしてくれる。例えば女優になりたい人がいたら、自分に足らないもの・課題のリストだったり、日常の世界で感情を揺さぶられた出来事をまとめたメモ、目まぐるしいスケジュールで開催されるオーディションの予定などの情報をまとめあげてサポートしてくれる。けれど、サポートはあくまでどこまでいってもサポート。決定打になることは全くない。

 結局、夢を掴みたいなら自分で行動する以外にないのにね。ましてや手帳が叶えてくれることなんて絶対にない。

 女優の石原さとみさんが、叶えたいことを手帳に書いて実現していったという記事があった。月9の主演、ファッション誌の表紙など具体的に、それを実現しているという体裁で書くとかそういう方法だったように思う。彼女は本当にその手帳によって実現できたのだろうか?私はそうは思わない。

 

 進撃の巨人でハンジ役が決まったとき、石原さとみさんはアニメの声優さんに話を聞き、キャラクターの性格を把握しようと努めた。また役作りのためにスキンケアも中断したという。こういった行動が出来る人が夢を叶えることの、どこに奇跡があるというのだろう?手帳やノートはサポートしてくれたかもしれない。しかしそれは彼女の行動力を正しい方にシフトさせ成功に導いたという方が正確だろうと思う。

 

 先の記事ではやや過激なものの書き方をしたが、私が危惧するのはこの面だ。手帳やノートの活用に対する敷居を高くしたくない。そうしてしまうと新しい人へは広がりにくいし、それを利用した非常に微妙な商売が横行する。例を挙げてみよう。

 

■手帳の選び方、使い方、活用術の個人レッスン 近辺のカフェで対面

90分 17, 000円

■手帳の選び方、使い方、活用術の個人レッスン skype

90分 15, 000円

■手帳のお買いもの同行 アドバイス付き

60分 10,000~12,000円

 

 最初みたときは風俗か何かのシステムかと思ったが、どうやら手帳に関するアドバイスの商売のようだった。

 例えば何らかのセミナーを受けるとき、これくらいの価格はまだ安いほうかもしれない。しかしそのようなセミナーは、明確な経歴または実績に基づいてメソッドを教授するものだ。

 当たり前なのだけど、手帳の世界には国家資格の類の何らかのお墨付きのようなものはない。むしろ私は「使い方の正解」なんて無いと思っているタイプでもある。何の実績もなく、そこらへんのどこにでもいそうな主婦が「手帳アドバイザー」と名乗りだしたら、その人はもうアドバイザーなのである。活用術とかいいながら、その人がその活用術によって何かを成したという実績がない、つまり根拠もくそもない活用術を高額で伝授してもらう、無慈悲な商売なのだ。

 

 そんな高額なお金を払うくらいなら、お気に入りのペンを1本でも買った方がよほど有意義だと思う。使い方は、実用的であれ趣味的であれ、ブログですごい使い方を惜しげもなく提供してくれている人たちがたくさんいる。

 なぜならば、その人たちは手帳の使い方、使いこなしそのものに価値があるとは思っていないからだ。結果、生まれてくるアイデアや作品にこそ、自分オリジナルの価値を感じ、それを生み出すために行動する人々。だから使い方を教えることで生計を立てようとは考えようともしない。

 

 ただし、素晴らしい使い方を教えてくれてはいるが、それはあなたにとっての答えではない。あくまで持ち主にとっての(現時点における)最適解であり、それがそのままあなたにとっての理想の使い方とは決してならない。なぜなら人は千差万別だからだ。ライフスタイルも手帳に対するスタンスも、書くことの好き嫌い、情報を取捨選択する価値基準、すべての何から何までが違う。だから、そういった使い方を参考にして、あなただけの手帳の使い方へとチューンナップしていかなければならない。

 したがって、当然にいくら高額のセミナー代を払おうが、ここでもまた答えを教えてくれるわけではない。そもそもそういう商売をしようとする人だ。私から見れば手帳を使いこなせなかった成れの果てでしかない。

 

 私は「使い方に正解はない」と先に書いた。それは存在しないという意味ではなく、決まった形を持たないという意味だ。色んな人生経験を積んでいくうちに価値観は変わり、それは思考を変えるだろうと思う。絶えず変化していくものじゃないだろうか。

 

 手帳の使い方の正解を教えろと言われれば、おそらくこう答えると思う。

 「自由に使って、不便なところは他人のアイデアをパクって解決してけばいいよ」。それを繰り返すうちにあなただけの現時点での使い方の正解は輪郭を現してくる。そんな気楽でいいものを、また何かにすがるとしてもブログや書籍が豊富なのに、こういった商売で食い物にする輩がいるのだ。まったく手帳に変な偏見を持たれては敵わない。手帳の活用を教えることに生活の糧をすがっている時点で、その活用術の程度が知れるというものだということは心に留めておいて欲しい。そのようなものに払うならば、冒険して高めのペンを買ってみることのほうが圧倒的に有効な自己投資になると私は思う。

 

 インスタで映えなくてもいい。気の効いたことやすごいアイデアを書けなくてもいい。ただいつでもそばに携えて、気楽に使って欲しいと私たちは願っている。そして、ふと聞けば、金銭など払わなくとも喜んで教えてくれる人たちが多い、優しい趣味の世界だということも付記してこの稿をひとまずとじるとする。